ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧六郷町六郷を往く-6(その4)

2019年01月09日 | 旧六郷町を往く

●歩いた日:2018年12月2日(日)

●歩いた所

 ・六郷:往還南、小安門、大町、上町、米町、馬場、新町、赤城、白山、荒町

●歩いたログ(足跡)(道のり6.3km)

(以上の地図:国土地理院)

 

 鳥居をくぐって行くと境内に入るところにまた立派な鳥居がある。

📷008:「米町」の「熊野神社」

 

 鳥居の両脇に「熊野神社」と刻まれた大きな石柱が立つ。また、左手にはだいぶ傷んでいる「菅江真澄の道」の白い標柱も立つ。鬱蒼と茂る杉木立のため境内は薄暗くなっており、参道奥に大きな社殿が建つ。「熊野神社は」大同2年(807)に「坂上田村麻呂」が創建したと伝えられているようで、その真偽はともかく、「本道町」にある「諏訪神社」とともにかなり古い歴史をもつ神社である。境内には、小さな社や地蔵堂、石碑などが多く建つ。

 ところで、「諏訪神社」といえば冬のカマクラ行事の「竹うち」だが、「熊野神社」といえば、夏に行われる「かけ唄大会」である。旬の話題を取り込んだ即興の歌詞で、二人の唄い手が掛け合いを演じるものである。毎年、ニュースでは見ているが生で聴いたことはない。境内の一角にその歌を刻んだ石碑がある。面白い歌詞なので写真に収める。

 歌詞は、「久しぶりだね 年かさねれば 白髪もふえるし はげてくる」の発句?に対して、「はげていりゃこそ 本当の人間 犬や猫にははげがない」の応え。思わずにんまりしてしまう。

 神社から再び元の通りに出、南に引き返して先ほど曲がった信号に至る。信号のところから延びる狭い道の奥に大きな寺が見える。その道を入っていくと「善応寺」とある。なぜ、この寺の境内に足を踏み入れたか。その訳はこうである。高校時代、私は吹奏楽部に入っていて、一度、「六郷」に演奏会に来たことがある。夜の演奏会(会場がどこであったか忘れてしまったが、たぶん小学校か中学校の体育館だったと思う)だったので、演奏会後は寺に泊った。泊ったその寺は、おぼろげながら、バス通りが直角に曲がる角のすぐそばにあった大きな寺と記憶している。その記憶と合うのがこの寺だったのでのぞいた次第である。しかし、寺の建物を見ても、その時のことは蘇らなかった。宿泊が寺だったので、20分程の座禅をさせられた。座っている間、10分程度の曲を頭の中で2回なぞったらちょうど座禅が終わった。本堂の大きな広間に布団を並べて皆で寝るのは合宿のようで楽しかった。

 「善応寺」から引き返してまた信号のところに戻り、南に向かう。道の正面に「六郷小学校」が見える。学校の入口まで進んで振り返る。

📷009:「新町」の道2

 小学校の正門を背にして北を望んだ写真。この道をまっすぐ北に進むと「羽州街道どまん中」の看板が立つ「米町」の十字路。先ほどは、青い道路案内板の向こう側の信号のところに右手から来て、奥へ進んで「熊野神社」に立ち寄り、引き返してその信号のところを今度は左手に行って「善応寺」に寄って来たところである。

 小学校のあるところは「赤城」である。

 道を挟んで小学校の西側、「白山」の一角に大きな清水がある。そこを一回りする。

(「白山」の「機織清水」)

 周囲を石垣に囲まれたこの清水は「機織清水」といい、水面の広さは「六郷」の清水では一番のようである。ただ、流れ込む水量が少ないせいか、少し澱んでいる感じがする。清水の南側には遊歩道が整備され、ほとりには姿のいい柳が水辺に影を落としている。

 柳の奥は「六郷小学校」。

(その5に続く)


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