ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧大曲市花館を往く-3(その3)

2020年12月31日 | 旧大曲市を往く

<「富士見町」の道>

●歩いた日:2020年12月11日(金)

●歩いた所

 ・高関上郷(四ツ屋):野際、二ツ屋

 ・花館:唐関、中台、萩台、葛野、富士見町、上佐渡、東裏地、下中野、上中野、下大戸、中大戸、上大戸

●歩いたログ(足跡)(道のり8.3km)


(以上の地図:国土地理院)

 (📷06の地点から)さらに南に進むと「国道105号」の交差点が見えてくる。この辺り「葛野」である。交差点の手前から「葛野」の裏道?(実はこの道、「国道105号」で途切れる部分は、「国道13号」と「国道105号」の交差点の北側と南側を見るとちょうど繋がるようになっているので、付け替えられる前の古い道筋のようだ)に入り、「国道13号」の、そして「国道105号」の下を続けてくぐり、まっすぐな道に出る。

📷07-1:「富士見町」の一角


 奥が「国道13号」。このすぐ右手(東側)で「JR田沢湖線(秋田新幹線)」を越える跨線橋になっているので、高い所を走っている。

 左端はスーパーマーケットの屋根であるが、その奥が二つの国道が交わる十字路。二つのトンネルを抜けて青い屋根の左脇に出て来たところ。

 同じ場所から反対方向を望む。

📷07-2:「富士見町」の道


 道の両側、南側と東側を「奥羽本線」と「田沢湖線」で区切られたこの一角は、大きな住宅団地になっており、スーパーマーケット(右手の道が入口)も進出してきている。

 私が子供の頃、「大曲」の街に出る時には、狭い砂利道だったこの道を通ったが、当時は両側には一面に田んぼが広がっていた。

 ここから秀麗な「鳥海山」が望まれるので、住宅団地の形成とともに、「鳥海山」を「富士」に見立てて「富士見町」という新町名が付けられたのだろうが、いかにも安易な感じがする。「地名への・・」によると、従前の字名は「田ノ尻」、「上佐渡」、「殿屋敷」、「葛野」とある。

 写っている車のところから右に折れ、住宅街の裏手の、そして大きな水路沿いの道を進んで、丁字路に突き当たったところで振り返る。

📷08-1:「富士見町」の一角2


 写真中央右寄り、水路に架かる橋を渡って手前に来たところ。

 道奥の茶色の建物がスーパーマーケットで、その左手を走るのが「国道105号」。青い道路案内板のすぐ先、スーパーの後方が「国道13号」と交差する十字路。

 反対側を望む。

📷08-2:「富士見町」の一角3


 高い所を走るのが「国道105号」で、左手に「奥羽本線」の跨線橋が見える。

 「富士見町」もここにだけは田畑が残る。

 丁字路を右折して北に向かい、写真右端の通路を抜ける。抜けたところ(ログ地図に変電所のマークがある辺り)は「上佐渡」である。新町名の「富士見町」ができて、「上佐渡」の地名は消えたと思っていたが、ここにその一画が残っていた。何とはなしにうれしい気持ちになる。

 さらに北に進むと、また丁字路に至る。

📷09-1:「萩台」の一角


 「奥羽本線」をアンダーパスで横断して「花館」の街の方に延びる道である。

 奥の森のような杉木立は、「江戸時代」初期にここに移転した「長福寺」の境内。天気が良ければその向こうに「西山」が見えるはず。

 アンダーパスの両側にも道があり、鉄道沿いに架かる橋でつながっている。アンダーパスからは田んぼに出入りできないので、この農道が作られたようだ。

(その4に続く)

(お礼)

 2020年(令和2年)も最後の日となりました。この1年間、私の拙いブログに訪れて頂いた方々には心からお礼を申し上げます。

 来年も、季節や地域の話題などを含めて何とかブログを続けたまいりたいと思っておりますで、引き続きよろしお願い申し上げます。

 


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