天真寺日記

天真寺の日々を綴ります

浄圓寺報恩講

2006-07-22 12:47:38 | 法要
 前住職の念願でありました、島根県美郷町の浄圓寺を天真寺が吸収合併することが、平成18年6月2日付けで文化庁の認可が下り、一つの宗教法人となり島根県の浄圓寺は天真寺の分院となりました。

 毎年、夏に島根県で報恩講を勤めているが、今年は吸収合併の法要もあり、7月17日に勤めて参りました。
 朝一番の飛行機で弟(西方寺住職)と広島へ飛び、そこからレンタカーで島根へひた走ります。ちょうど梅雨の末期で集中豪雨の真っ直中を2時間半余りで浄圓寺へ到着。
 いつも浄圓寺では門信徒の手により境内の草刈りから本堂・庫裏・墓の清掃等々…法要の準備まで全て整えて待っていて下さる。私たちは万全に準備された浄圓寺で法要を勤めるだけである。本当に有り難く、勿体ないことである。

 浄圓寺のある島根県石見地方は昔は石見銀山で栄え賑やかだったようであるが、現在は過疎化により浄圓寺の地区の戸数も全部で十三戸になってしまったが、毎年門信徒の手により報恩講が勤められている。当日も昼を過ぎた頃より三々五々に全戸数十三戸の全員がお参り下さり、いよいよ午後1時から「報恩講」「門信徒総追悼法要」そして今年だけ特別な「合併法要」を勤めさせていただいた。


《法要表白》
  ・・・・・顧みれば
 当山は浄圓寺は、一七一五年(正徳五年)
 智伝と志君の門信徒によって建立されました
 それから二九一年の星霜(せいそう)を経るなか
 浄圓寺は代々の門信徒の手により護寺され
 ご法義を相続してまいりましたが
 時代の流れの中に
 志君浄圓寺と松戸天真寺が合併し
 新たなご法義相続の場として
 出発することになりました・・・
(一部抜粋)

 法要が終わると、お説教であるが、浄圓寺には昔ながらの高座があり、総代さんによるともう五十年近く使っていないとのことで、せっかく高座があるんだから高座の上でお説教を頂こうという事になり、同行していた柏・西方寺住職西原祐治師(天真寺住職の実弟)が昔のように高座の上に座り法話。(天真寺でも高座でお説教を頂きたいなァ…実感したことである)いつの間にか雨も上がりウグイスがホ~ホケキョとさえずる中、仏法を聞かせていただいた。

法話が終わり茶話会とあいなる。
 …ウグイスがホ~ホケキョ(法を聞けよ!)とさえずる中、お説教を聞かしていただいて有り難かったと私が話すと、いつも鳥は鳴いてますよ。との答えに自然に抱かれた田舎ならではの風景と感激した。また、あるご門徒さんがこんな事を言われていた。「お寺があり、御院家さんの教化活動が染み入っている所は、「おかげさま」という事が当たり前のように理解されているが、お寺もなく御院家さんも居ないと「おかげさま」という事が理解されてない。お寺があると言うことは大切なことだ!…」(そうだなァと実感したことである)。
 
 夜は浄圓寺総代さんと懇親会があり、平成27年に浄圓寺開基300年を迎える…屋根の瓦が傷んでいるがどうしたもんか?…今後のことや色々の話をしながら懇親を深め、翌日出雲空港より帰途についたが、さすが浄土真宗のみ教えが染みついた先祖からの土徳を感じた時間でありました。

(恵)