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★今でしょう!
戦後七十年の節目の年、あの忌まわしい世界大戦が終わり、出征された兵士の方々もご高齢になり、日を追って「戦争体験」の記録を後世にのこすことが難かしくなってきた。
そこで、自分史制作二十八年の総決算として、すこしでも悲惨な出来事を伝えたいと考え、このたび、「想い出紙芝居」と題して、簡単に真実の記録の一場面を伝える手段を考案した。このハウツー本は電子書籍でAmazon・DLmarket・forkNで販売中です。
体験を伝えるのは今しか無いと考えている。多数の関係各位のご意見を頂戴したい。
山の辺書房かしはら出版編集室 代表 よしいふみと
消えゆく戦争体験 今残さねばもう後がない 【想い出紙芝居】: imanokosaneba mou atoganai omoidekashibai (実体験紀) (2015/03/20) よしいふみと 商品詳細を見る |
● 戦後70年節目の年。今こそ大戦の記録を残さねばという声が多い。しかし、掛声だけが空回りしている。なぜか?。
●体験記を上梓するには、生存者が少なく資料が揃わない。仮にご存命の方が居ても全体像が不鮮明で聞き取り取材もままならない。
●そこで、断片的にでも、つまり強烈なワンシーンだけなら再現出来るのではないか、この思いから「想い出紙芝居」を提案。従軍兵士或は銃後奮闘された方々。時系列事象不確かでも決して忘得ない場面がある筈。その一幕でも真実の記録として残したい。
●「想い出紙芝居」は貴重な歴史遺産となる筈です。
●遠慮無く御問合せください。(できれは、封書にてお願い)
●このハウツー本は個々人で制作することを前提に書いているが、仮に、文集のような形ができるなら、電子書籍出版と同時に少部数簡単な小冊子を制作し、国立国会図書館・当該図 書館納本する。又、自費出版文化賞にも応募の予定。(出稿無料) 文責:よしいふみと
「想い出紙芝居」
戦争体験篇
消えゆく戦争体験
今残さねば…もう後がない!
山の辺書房かしはら出版編集室
日本自費出版ネットワーク正会員
はじめに
戦後七十年、戦争体験者も高齢になり壮絶なる色んな出来事を後世に伝えることが限界点に達しようとしている。
今となっては、体験事象全般を記録することは殆ど困難であるが、記憶の引出しの中で、どうしても消えない悲惨な情景や感情があるのではないか。
これだけは…あの事だけは…どうしても誰かに言っておきたい。
また、そうすることで人生にいくらかの区切りがつく。
ただ隣人に話すだけでなく、消えることのない記録として残したい。
そんな思いの方が多い。
でも、どのようにして残そうか…。
この、「想い出紙芝居」は、貴重な歴史証言を電子書籍データという形で記録し後世に伝えることを究極の目的として企画した。
●「想い出紙芝居」…なんと軽々しいものだな、と感じるかもしれない。
しかし、ここがポイント。
これが、一個人執筆による一冊の書籍になるような体験物語ということであれば、ちょっと手が出ないかもしれない。否、殆どの人はとっても無理だと諦める。私の自分史制作二十八年の経験から断言できる。
そこで、体験の一場面だけでも残せないものだろうか。世間に発表しなくても、個々人の机の引出しにでも残しておいてくれれば、何時か誰か読んでくれる可能性がある。同時にそれが、唯一無二の貴重な証言であることに気付いてくれる筈。とにかく、どんな形であれ、残しておいて欲しい…。
こんな思いから、誰でも苦労せず作成できる方法としてこの「想い出紙芝居」を提案する。
もう後がない。今その時ではないか。
●本書はそのハウツー本である。
★想い出紙芝居とは如何なるものか? 本来の自分史などとはその表現形式が全く違うため、下記にその一部を掲載します。
★今でしょう!
★以上がこの電子書籍の一部です。このようにして壮絶なる体験のほんの一部分でも、真実の記録或は「心の叫び」として記しておくこと、また、写真や絵としてのこしておくことに大変重要な意義があります。なんどもいいますが、一度うしなわれた真実の出来事(当人だけが知っている事象心理)は後にどのような想像力豊かな作家が居ても書く事ができません。
つまり、誠の記録は今を置いて無いと断言できます。
各自のご奮闘をお祈りいたします。同時に、このような記録が多数集まれば、提供者の皆様には金銭的に一切負担をかけませんので、カミングアウトご決意の方は、ご連絡ください。可能であれば、部隊単位・戦地単位・地域単位等。
ただし、仮に集合文集のようなものが上梓できた暁には、廉価で当編集室から全世界に向けて電子出版することをご理解ください。販売サイトはKindle・DLmarketなどです。英語版も予定しております。
山の辺書房かしはら出版編集室 代表 よしいふみと
この電子書籍はAmazonKindle・DLmarketでダウンロード販売中です。
あらゆる面で文明開化し飽和状態となった現在社会。目標を持てない閉そく感ムンムンの世となつてしまった。先が見えない……。どのように生きたらいいのだろう?。こんな感じのなかで、今一度生きる原点で立ち戻ってはどうだろうか。超情報化社会に翻弄され、何か大切なものを忘れ去ってはいないだろうか。そんな思いで、シンプル極まる短編シナリオを書いてみました。ここに収録した作品は、わたしが日本シナリオセンター在籍中のものです。現在の作品は視聴率最優先し、低俗なる愛憎劇が氾濫している。
この短編はシンプルなものですが、よくイメージして頂ければ何かが隠れていることを感じて頂ける筈です。
受動的思考回路に洗脳された現在人。既に「行間を読む」という言葉さえ死語になりつつある。精神レベルが幼児化、否、幼稚化しているしていると思わざるを得ない。今こそ「温故知新」。人生の基本部分に触れてみようではないか。人間が人間だった頃の懐かしき昭和のロマン。
今の世、指導者始め能動的思考回路が崩壊寸前で、今やイメージする力さえ喪失、つまり、人間失格に陥っている。このままだと日本国民は崩壊するのではないかと恐怖を感ずる。なんとかしなければならない時が迫っている。真の人間回帰の時だ。今一度「能動的思考回路を備えた人間に戻ろうではないか」そんな思いをこめでこのシンプルシナリオを提案する。このシナリオを読んで何も感じなければもうダメだ。
●試読
短編シナリオ選集
人間が人間だった頃の
よしいふみと
山の辺書房かしはら出版編集室編
も く じ
タイムスリップ 三
不思議な帽子 七
もしかして 一八
揺れて 二七
ヴィーナスと共に 三四
卒論 四一
転職 四九
過去からのメッセージ 五三
分析医『河辺チーム』 六一
タイムスリップ
人 物
藤沢 勝吉(四五) 会社員
藤沢 君子(四一) 勝吉の妻
川口 いと(六五) 君子の母
◯川口家の台所(夜)
藤沢君子が台所で後片付けの最中。
川口いとの声『君子、勝吉さん放っといてもいいの?』
君子「いいのよ、ここに居ることぐらい百も承知してンだから。でも、今度という今度はゼッタイ帰らないから」
いと、居間から残りの食器を持って台所で洗い物している君子の傍へ。
いと「以前のような軽い気持ちじゃないの……あれまぁ、こんなに洗剤出して、あぶくだらけじゃないの」
君子「いいじゃない、あの人のこと全部洗っちゃうんだから……わたし」
君子、はきすてるように言って乱暴に食器を洗う.が、急に声をあげて泣き 出す。
居間の柱時計が午後八時をしらせる。
◯藤沢家の書斎(夜)
机上の置時計がリズミカルに午後八時を告げる。その側に一枚の紙片あり。 鉛筆の走り書きで、
『もう、我慢できませんー君子』
◯書斎の隅、戸棚の前
勝吉、引出しを開けたり閉めたりして何かを探している。が、勢い余って一 つの引出しを床に落とす。中の物がバラバラと散らかる。その中で、胴太の 古い万年筆が目に止まる。勝吉、それを拾いキャップを回す。
勝吉「未だこんなもン……先が曲がってやがる、クソッ」
独りごとを言ってゴミ箱に投げ込もうとするが、その手を止めて、あらため て万年筆のキャップを外す。
君子の声(二〇年前)……『名文だったワ、感激ョ、ねェ、わたしのこと一生大事にして下さる?』
勝吉「あの時……、無我夢中であいつにプロポーズを書いた……」
勝吉、万年筆を握りしめて呟く。
◯藤沢家の居間(深夜)
壁の時計が午前一時を過ぎている。勝吉、ネクタイを緩めたままの姿で座っ ている。ちゃぶ台の上にはに空になったウイスキーボトルが一本。飲み干し たグラスの傍に、酒に濡れた妻君子の書置きと万年筆。
◯川口家の玄関、電話置場(早朝)
電話のベルが鳴る。
川口いと「ハィ、ハィ、只今、……こんなに朝早くに……」
いと、エプロンで手を拭き、受話器を取る。
勝吉の声「あっ、お母さん、すみませんが君子を……」
いと「まぁ、どうしたの、あなたたち」
いと、受話器を台に置くが早いか奥へ駆け込む。
あわてて置いた受話器がバ ランス悪く台から床に落ち音を立てる。
いと「君子、勝吉さんよ、勝吉さん、電話に出なさい!」
君子「もうイャ! 声も聞きたくないわ」
君子、母に背を押されて渋々受話器を取る。
◯藤沢家の居間(朝)
勝吉、受話器を耳に押し当て、君子の声を待っている。やがて、無言だが受 話器を取った気配に一気に喋る。
勝吉「女と別れる、一生しないよ。俺昨夜タイムスリップしてさ ……。なッ、俺きょう会社行かない。君子迎えにいくよ、なッ、いいな……」
完
不思議な帽子
人 物
田崎 清 (一〇) 小学生
田崎 トシ (三七) 清の母
帽子 (擬人化)
悪ガキ Α (一〇) 清と同級生
悪ガキ Β (一〇) 〃
悪ガキ С (一〇) 〃
悪ガキ一同(一〇) 〃
◯川べりの道
昭和三十五年頃の農村
数人の小学児童下校途中。
先頭を歩く田崎清、ランドセルのベルトをわら縄で縛られ、それを持つ悪ガ キに棒きれで叩かれながら歩いている。
泣きながら歩く清に,他の悪ガキたちが、『モゥー、モゥー』と牛の鳴声で囃 し立てる。
悪ガキΑ「清牛、もっと力まにゃ、田ごしらえ出きんゾー」
悪ガキΒ「そうじゃ、そうじゃ。もっと足踏ん張らにゃ」
悪ガキΒが清の足を蹴る。清は前につんのめって転倒する。路上の石ころで額 を切った清、顔面血で赤く染まる。
悪ガキ全員「わーい、清牛がこかったぞー」
清の顔が血だらけになったのを見た悪ガキ達、ワッと一目散に駈け去る。清、 フラフラしながら起き上る。
◯田崎家の玄関
額を赤く染めたまま、何くわぬ顔で家のなかへ。
◯同家、中庭
母、田崎トシが、地面にわらむしろを敷き、穀類の虫干をしている。
清「かぁちゃん、ただいま」
トシ「あぁ、お帰り」
トシ、清の顔を見る。
トシ「どしたンな、その顔。血だらけじゃ!」
トシ、慌てて清の傍に駆け寄る。
清「土手で、こかったんじゃ」
山の辺書房かしはら出版編集室 沿革
1968.季刊誌発行や歴史調査・編纂。
1970.約五年間新聞記者。
1973.文芸庵設立しデザイン執筆開始。
1987.熊野文芸に名称変更、本格的に自費出版開業。
1988.日本自費出版ネットワーク正会員。文学賞選考委員務める。
1994.日本シナリオセンター卒。2005.ISBN取得、絵本全国発売。
主業務、素人原稿書き方指導。リライト、編集、出版。
主な著作…「ベストセラー自伝となった児童図書、ど根性」「足跡」「父の旅」他。編集部門ではベストセラー作品「大台ヶ原開山行者の生涯」他執筆指導など。伝記作家。
人間が人間だった頃の
発行 平成二十七年二月一日
電子書籍価格 五〇〇円
著 者 よしいふみと(日本シナリオセンターに学ぶ)
発行所 山の辺書房かしはら出版編集室
〒六三四ー〇〇六五
奈良県橿原市畝傍町四一ー一〇
電話.電紙 〇七四四ー四一ー六四七三
ホームページ.http://web1.kcn.jp/y-pub
email fumito-buck@kcn.jp
? fumito yoshii 2015. printed in japan
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●自分史を書くための超初心者向け書き方ガイドです。
●わたしは自分史相談編集室を開設して28年になります。
●この「教本」は、28年の経験を基に、◇自分史とは何か? ◇書き方は?
◇出版とは? ◇出版社の甘言とは? ◇書くための心構えとは? 等 にお答えするものです。
●特に、初めて原稿をお書きになる方は本書内の「復刻版・書き方ガイド」 を実践していただければ必ずいいものが出来る筈です。
●プロフィール
1968.季刊誌発行や歴史調査・編纂。1970.約五年間新聞記者。1973.文芸庵設立しデザイン執筆開始。1987.熊野文芸に名称変更、本格的に自費出版開業。1988.日本自費出版ネットワーク正会員。文学賞選考委員務める。1994.日本シナリオセンター卒。2005.ISBN取得、絵本全国発売。
主業務、素人原稿書き方指導。リライト、編集、出版。
主な著作…「ベストセラー自伝となった児童図書、ど根性」「足跡」「父の旅」他。編集部門ではベストセラー作品「大台ヶ原開山行者の生涯」他執筆指導など。伝記作家。
●試読
改訂版・横組購読方式画期的自伝表現法
この書き方ガイドは
自分史を作りたい方々への、全く新しい方法てす。
この教本でお勉強される方は、下記
巻頭でご案内の自分史見本ともいえる物語
「ど根性 中岸おさむ土方半生記・よしいふみと作」
をお読み頂いた上で取り組んで頂ければ
よりよくご理解いただけることと存じます。
書く事は考えることで、特に青春期の回想などを繰り返すことで
脳回路が活性化されます。
その意味でも、有意義な人生を過ごすことができるのでは
ないでしょうか。
お勉強いただくための教材(書き方見本)として、自分史でベストセラーとなった自伝物語「ど根性 中岸おさむ土方半生記」をご案内しておきます。
電子書籍ですので、ご希望の方は下記販売サイトからダウンロードお買い求めお願いします。
◎Amazon kindol
◎DLmarket
の各サイトにて販売しております。電子書籍価格は1000円です。
※なお、書籍検索は、「よしいふみと」或は書籍名で取り出せます。
それでは、はじめましょう。
下記の一文は、自著ど根性物語の最初部分の「一シーン」です。
私の書き方は、教本でもご説明しておりますが、幾つものシーンを積み重ねる方法です。
まず、ご覧ください。
●試読
あらぬ疑い
台風の季節がきて雨が多くなった。
本宮村のまん中を流れる音無川の水かさも、すこしずつ増えてきた。この時期には、川の流れを利用して、山奥から木材を運び出す刈川という作業が多くなる。松一の出番だ。
その日、朝早く、松一は仕事仲間と一緒に、数週間の予定で山に入った。家には、母もとゑと要、おさむ、祥子、それに公がいた。
日中に降った雨は、夕方にはあがっていたが、空には一面黒い雲がはりついている。風もなく、爽やかな秋には、につかわしくない、むし暑い空気がただよっていた。
要は、竈の口で、火を起こす。きのうまで父が座っていた場所だ。おさむは、納屋から薪を抱えてきて、竈の横に置く。妹の祥子は、奥の四畳半で公とあそんでいる。もとゑは、流し元に立って、茶粥の用意をする。それぞれがささやかな、夕げの支度にかかった。
終戦からまる二年が経って、中岸家の財政もすこしは、もちなおしていた。母の神経痛も発病当初からみれば、かなりよくなっていて、以前のように藁草履作りがぼちぼち出来るようになっていた。
それに加えて、父松一の仕事もだんだん増え、バクチを止めたこともあって、その分のお金が家計をうるおすようになっていた。だが、約二年にわたり嫌な顔一つせず、掛売をしてくれた請川の食料品店をはじめ、他の店にも借金がたくさん、たまったままだった。その支払いを少しずつすることで、あいかわらず、電灯がつくところまでは程遠かった。
おさむは二荷めの薪を取りに外に出た。秋の日は暮れるのが早く、眼下の大川が、ほとんど見えない。
そのとき、庭先に一人の黒い影が、いきおいよく現れた。急いで石段をかけあがってきたのか、荒い息づかいがきこえた。手に懐中電灯を持っている。おさむは、それを見て、村の人ではないな、と思った。村の人は提灯を使っていたからだ。
黒い人影が足早に近づいてきた。つぎに、その正体が確認できた。
……警察官だ。
「ケイサツ、きたぞ!」
おさむは、家の中に飛び込んだ。母と要が顔を見合わす。一瞬動きが止った。
「御免!」
懐中電灯を灯したまま、黒い人影が土間に立った。いままでまったく縁のなかった警察官のおでましだ。
要はもとより、おさむも、こんなに近くで警官と向い合ったことは初めてだ。祥子も驚いた顔で警官を見つめる。
「中岸もとゑは、おまえか」
警官は、それほど大声ではないが威厳のある口調で、台所に居る母にいった。
彼女は大柄で、一見気丈夫そうにみえたが、たいへんな、こわがりだった。それで、いきなり警官が飛び込んできて、自分が名指しされたことで、立っているのがやっとの状態だった。
もとゑは、声を出すことも忘れて、ちいさく頷いた。
「きのう、川のむこうの畑で、サツマイモが盗まれてな。おまえが盗んどるの見たいう者がおるんじゃ。ちょっと調べるから一緒に来い」
「えっ!」
もとゑは、はじめて声を発した。自分の意志でいったのではなく、からだ全体からわきおこる、身震いにちかいものだった。反射的におさむは、母の前に立った。要も、土間に下りて、おさむの横に並ぶ。二人して、母を守る体勢をとった。それを見た警官、急に表情をくずして、
「あのなぁ、つまり、あんたに疑いがかかっとるだけなんじゃよ、なっ、わかるか。…本官は逮捕にきたわけじゃないんじゃ。あんたが畑から芋盗みよるのを見たという届出があったから、その真相を調べるのに、ちょっと署まで来てほしいというておるんじゃ。きみたちも、わかるな」
警官といえども、同じ本宮村の住民で、都会のように高圧的ではない。つとめて職業的にならないように説明する。
「今すぐ、行かな、あかんのかのお」
「うむ、そうしてほしい。一刻もはように事の真相をさぐりたいんでな。あんたも、身に覚えがなかったら、早いとこ疑い晴らしたいじゃろうが」
気のよわいもとゑではあったが、まったく身におぼえがないだけに、急に怒りがこみあげてきた。
二人の息子を脇に押しやり、土間の戸口で仁王立ちの警官めがけて、勢いよく五、六歩進んだ。警官は、突然態度が変わったもとゑに、「なんだ」という体勢で身構えた。
「わたしは、……わたしは貧乏しとるけど、他人さまの物盗んだりした覚えないさかのお!」
そういって精一杯の大声をはりあげた。
「うっ、」
警官の顔が、きびしい表情に変わった。
「こどもに、聞いてくれんかのお。このところ神経痛わるいさか、遠いところへ行けんの知っとるさかいに」
警官は、要とおさむを交互に見た。ふたりは同時に首を縦にふった。
「よし、それじゃったら、なおさら来てもらおう。ここじゃ取り調べできんからのぉ」
「だれが、……どこのだれが、わたしが盗んどるの見た、いうんですかいの!」
もとゑは、警官の言葉を、はねのけるようにいった。
「それも、来ればわかる。とにかく、届出があった以上調べにゃならんのじゃ。支度(したく)してくれ」
「なにを、支度するんかいのお」
もとゑは、なかばケンカ口調になった。自分でもふしぎなほど度胸がすわった。こうなったら相手は誰であれ、松一と夫婦喧嘩するのと同じだと思った。
「とにかく、ついて来い!」
警官は、そういって外に出た。
もとゑは、タスキと頭の手拭をはぎとるようにはずし、くるくる丸めると板間の部屋めがけ投げつけた。それを見た要とおさむが、母のそばに駆け寄る。祥子は家の奥で弟の公をしっかり抱きしめて、かたまっている。時ならぬさわぎに放心していたのだ。もうこれまでかと、心に決めたもとゑは、
「すぐ帰るさか、祥子と公をたのむぞ」
母はそういって玄関の敷居をまたいだ。またぐとき、神経痛のせいで左足が敷居に引っかかって、あやうく、ころびそうになる。
「母やん!」
おさむが母の後を追う。要も出てきた。が、何もいわず突っ立っている。
警官の懐中電灯がゆれて、二つの黒い影が、急な石段をおりて行った。
「だいじょうぶや……すぐ帰ってくる」
母が見えなくなって、要が、はじめて口をきいた。
「母やん、なにも悪いことしてないもんな。誰が警察にウソいうたんやろ、……どいらい腹立つな、ちくしょう!」
兄弟四人は、母のいない夕飯を食べた。腹が減っているのに、あまり食えない。腹立たしさと、やり場のない悔しさのためだ。運悪く、松一が泊り山に出かけた日に、よりにもよって、こんなことになった。父を呼びに行くにも道が分からない。「すぐ帰る」といった母の言葉を信じるほか方法がなかった。
その夜、おさむは、なかなか眠れなかった。
…………………………………………………………………………………
これが、この「ど根性 中岸おさむ土方半生記」巻頭部分の書出しです。
いかがですか?
この書出し。
自分史・自費出版のイメージ描写法
もくじ
画期的自伝表現法
「書き方ガイド復刻版」
自伝・自費出版の概要と心得
新企画 自伝をマンガ本に
ご質問にお答えして(新聞連載記事より)
あとがき
【画期的自伝表現法】
巻頭の「書出し」は、これまで28年間、素人さんの生原稿を読み続けてきたわたしが、自分史の定型を逸脱した手法つまり、従来の自分史は説明が主だったのに対し、イメージ描写を主とした物語づくりを開発、実験的に書き上げたもの。
●人生は紙芝居のような絵の連続であるという発想。おもちゃのような電子機器が闊歩する現在、その様はあたかも、嘗て手塚治虫氏の漫画に登場するお茶の水博士が摩天楼を仰ぎ見て、「今に、文明が人間を支配する世の中になるぞ」と予言した如くのようだ。
●人間本来の想像力が低下の一途をたどっている。
あらゆる事象が受身で事足りる世の中になってしまった。
本来人間は能動的思考回路を備えているものであるが、今は違う。完全とはいわないが、この能動的が受動的に変化してしまった。そのため、イメージ力が極端に低下し数々の弊害が生じている。しかし、これが世の流れというものかも知れない。最早「行間を読む」という言葉さえ死語になってしまった感がある。意識の幼児化現象だ。
あとがき
人間の限られた命、その時間を如何に過ごすか。これを定義するのは困難を極める。
わたしは十代の後半、何故自分というものがこの空間に存在するのか、ということを真剣に考え始めた。
自分の意志でこの世に居るのではない。気づいたときは既に存在していた。これは一体何か、どうしてなのか……。
この日を境に現在に至るまで考え続けている。沢山の書物をむさぼり読み、なにかを見付けようとした。
トルストイは人生論で、存在の秘密でなく、生き方を説いている。「他に寄与せよ」そこに生きる目的がある、という。
然し、ここにいる自分という一個体についての「存在理由」についての答えはまだ見つからない。
それは、際限ない宇宙について「その正体」を見付けようとする試みと似ている。考えを深めていくと気が遠くなってしまう。
どこで解脱するか考え中だ。
「人生は、 それを歩む者にとっては悲劇であり
それを考える者にとっては喜劇である」
ただ一つ、カーライルのこの言葉が、わたしに生きる力を与えてくれる
著者プロフィール
1968.季刊誌発行や歴史調査・編纂。
1970.約五年間新聞記者。
1973.文芸庵設立しデザイン執筆開始。
1987.熊野文芸に名称変更、本格的に自費出版開業。
1988.日本自費出版ネットワーク正会員。文学賞選考委員務める。
1994.日本シナリオセンター卒。
2005.ISBN取得、絵本全国発売。
主業務、素人原稿書き方指導。リライト、編集、出版。
主な著作…「ベストセラー自伝となった児童図書、ど根性」「足跡」「父の旅」他。編集部門ではベストセラー作品「大台ヶ原開山行者の生涯」他執筆指導など。伝記作家。
自伝教本
まほろば
画期的自伝表現法
孫も読んでくれる本づくり
平成25年9月10日 初版発行
平成27年2月1日 電子書籍出版
電子書籍価格 500円
著者 よしいふみと
発行所 山の辺書房かしはら出版編集室
〒634^005 奈良県橿原市畝傍町41-10
電話・電紙 0744-41-6473
参考文献 「夜の光」志賀直哉著 新潮社刊
○C Fumito Yoshii 2015. Printed in Japan
ISBN 978-4 902941-0
●試読
【平成二十七年 改訂版電子書籍】 山の辺書房かしはら出版編集室 刊
大台ヶ原
妖怪伝説・狼夜話・登山日誌
杉 岡 昇 著
大台ヶ原 妖怪伝説・狼夜話・登山日誌 縦書き: youkaidensetu ookamiybanashi tozainitushi tategaki (紀行文)
作者: 杉岡昇
出版社/メーカー: 山の辺書房かしはら出版編集室
発売日: 2015/03/16
メディア: Kindle版
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【第二部】※第一章は電子書籍として販売中
もくじ
第二章
?田垣内政一大台教会二代会長との出会い 四
代表的な大台ヶ原伝説
牛石伝説 一〇
笹馬伝説 一二
一本足伝説 一六
オオカミ夜話 三一
オオカミ外伝 三六
川辺神社について 四五
その他のオオカミ談 四七
杉岡昇の大台ヶ原登山日誌 五四
大台ヶ原の自然 七五
女学生の大台ヶ原登山 九四
大台の過去・現在・未来 一〇〇
あとがき 一〇四
ウォーキングマップ 巻末
[参考文献]
大台ヶ原開山記「古川嵩伝記」鈴木林著
世界の名山・大台ヶ原山 大台教会本部発行所 岡本優治著
新高八十年史 新高八十年史編纂委員会
日本伝説大系 渡邉昭五編
上北山村の昔話 上北山村発行
日本狼 村上和潔著
下北山村史 木村博一編 下北山村発行
古事記…中巻… 河出書房版
第二部
田垣内政一(まさかず)大台教会二代会長との出会い 昭和三十八年十月二十一日、国鉄紀勢本線新宮駅から始発の各駅停車名古屋行に乗り船津駅で下車。そこから山奥へ延々と続く九十九折りの林道を独りで黙々と歩いた。途中、大杉谷に下りて千寿の滝やニコニコ滝を見ながら沢を遡り、川沿に建つ宿泊施設「桃ノ木小屋」に到着。一泊。
翌朝七時に小屋を出て、川沿いに登山道を辿る。目前に次々と現れる個性豊かな滝を見ながら堂倉へ。そこからはシャクナゲの林だ。登るにつれて、樹木の紅葉が美しさを増し、その見事な風景がしばし疲れを忘れさせてくれる。
昼頃、大台ヶ原頂上「日出ヶ岳」に着く。
弁当を食べながら、標高一六九五メートルからの展望に心が和む。
午後二時頃、大台ヶ原大駐車場着。
ある程度予想していたが広大な駐車場は、マイカーやバイク、観光バスでうめつくされていた。そこには、およそ登山とは縁のないハイヒール履きの女性や革靴を履き背広姿の男性たちが闊歩していた。男性の中には酔客の上機嫌な姿もちらほら散見。そ
の様は下界の観光地と変わらない。私のような本格的登山姿の者は殆ど見うけられない。なにか場違いの処にまよいこんだようで浮き上がってしまった。
酔っ払いにからまれながら人混みを縫うようにして、予約していた宿「近鉄山の家」に向かった。
その途中のことである。駐車場の端のところで[大台教会]という看板を目にした。これまで幾度もこの場所を通った筈だが、この看板を見るのは初めてで、
……こんなところに教会が…キリスト教会か? 深い意味なくそう思った。
その教会にお世話になったのは、後日の登山時。当初キリスト教会と決め込んでいたが、尋ねてみて[福寿大台教会]という神道の教会だった。
教会には、登山者の宿泊施設が用意されていて、一晩お世話になった。そのとき初めて二代目会長、田垣内政一先生にお会いした。
田垣内会長は、やさしい山小屋のおじさんといった感じで、偉ぶるでもなく、大変温厚な人柄だった。
政一先生は、明治四十年三月十五日、奈良県吉野郡下北山村の田垣内政蔵氏の長男として生まれ、大正十年三月二十五日、十七才という若さで大台教会の創始者であり又初代会長であった古川嵩行者の門徒として大台ヶ原に入山。教務に励む一方、奈良県の依頼を受け気象観測等に従事した。
わたしが初めて大台教会に泊めていただいたその夜、ほの暗い石油ランプが灯り、薪ストーブが置かれた部屋で大台ヶ原にまつわる[一本たたら伝説]や[牛石ヶ原伝説][笹馬伝説]などを、身振り手振りを交えて夜の更けるまで語ってくれた。話の途中で何度もストーブの陰からヌーと顔を出してくるのでその度にビックリさせられた思い出が残っている。
政一先生は、小柄で柔和な雰囲気を持ちながら、山椒は小粒でピリリと辛いという諺の如く、自然に対する畏敬の念と、強い自然愛の信念を持っておられた。
昭和四十五年の夏には、自然公園指導員としての業績を高く評価され貢献者として大臣表彰された。
先生は常に、
「教会は特定の個人のものでも、また、団体のものでもありません。この大台ヶ原に登って来られた方々のものです。但し、大台ヶ原の自然は大切にして下さい。教会はこの素晴らしい大自然を学ぶ道場でありますのでな」
と、訪れた登山者に話すことを忘れなかった。
最後に、この山に暮らす動物や草花の代表的なものを、イラストレーター永原靖子氏のカット画で掲げておきます
あとがき
日本百名山の一つであり明治以来、古川嵩行者によって開山された後は多くの老若男女が登り続ける大台ヶ原。この有名な山について筆者よりも知識ご経験をお持ちの諸先輩方を差し置いて無謀にも出版を敢行した愚行を恥じつつ、大勢の友人知人の協力と励ましを頂き、何とか目的を達成できたことはこの上ない喜びです。
出版にあたり筆舌に尽くせぬご指導ご協力を頂いた郷土史家で「開山記」の著者鈴木林先生はじめ、写真その他を提供して下さった小渕義明氏・樋口義也氏、又、取材協力や各種資料提供等で大変お世話になった北山村上桑原の神林康幸氏、上北山村役場教育委員会の皆様方、なかでも道案内などの労苦を快諾して頂いた天ヶ瀬村出身の岩本氏には感謝にたえません。
最後に、本づくりのノウハウを親切丁寧にご教示くださった山の辺書房かしはら出版編集室代表、よしいふみと氏、イラストレーター、永原靖子氏およびスタッフのみなさんに心よりお礼申し上げます。
平成二十二年 晩秋 杉岡 昇
大台ヶ原 妖怪伝説・狼夜話・登山日誌 縦書き: youkaidensetu ookamiybanashi tozainitushi tategaki (紀行文)