徳川慶喜log~徳川と宮家と私~

徳川慶喜家に生まれた母久美子の生涯、そして私の人生。

母・井手久美子~母の旅立ち③~

2019-10-22 05:00:25 | 日記
病院では点滴をしていたが、体調の具合も、年のせいもあり殆ど体内には吸収されず、先生はその辺を見て寿命が分かったのだと私は理解した。

自宅につくと”よかった、嬉しいわ!”と何度も何度も言っていた。
意識もしっかりしていたが、水も飲ませられない状況なので恐ろしく不安であった。
この年、異常に熱く連日36~38度あった。
家にはクーラーが無くきつかったが、母は昔から暑さには強かった。

翌日、東京キララ社の中村社長とアエラ編集部(昔、女学生の頃、高輪の井手医院でアルバイトをしていた。)の方々が見舞いに来てくれた。
母はもう、あまり声も出なかったが、嬉しそうに笑顔で答えていたが、見ているのも辛かった。

3時間おきにティッシュに水を含ませて唇を湿らせていた。
その都度口をとがらせてほしがった・・・・・   

徳川おてんば姫(東京キララ社)