全く知識もない方向けの内容です。
私たちは自分勝手に生きているように思いがち
錯覚をしがちですが
何かとの関係の上で生活しています。
その関係性が
嫌なストレスのないものなら
いいのですが、でもそういうわけにはいかないと
そう思う方は多いと思います。
むすびは、モノや相手との関係性そのものを指す言葉です。
どういうことか、
つまり相手と自分が異なるだから区別がうまれる。
その区別には、良い関係の場合やそうではない場合もあります。
区別が排他的や同じ仲間とみるということをうみだします。
むすびは、そういうのとは真逆の意識の技で、
相手と自分の無区別化、そういう意識技といえます。
では相手と自分が同じだというのはどういう
メリットを生むのかと申しますと、
とんでもないメリットが潜んでいる。というのが答えです。
自分の耳や鼻が邪魔だとか
五本指の手が邪魔だとか思わないでしょ。
それは、
自分の身体の一部である
手も足も耳も鼻もみんな自分だからです。
他人ということばも
自分と区別する意味において使う言葉です。
もし、目の前の他人を自分の一部としてしまえば
どうでしょうか?
無茶苦茶に付き合うのが楽だと思いませんか?
そういう意味でも
むすびは身に着けていて
知っていて
とても役立つことが分かると思います。
それでも、「そんなものはいいや!!」という考えも
あります。
それはそれで自分と関わらなくてもいい人です。
少しは、武術むすびについてご理解いただけたでしょうか。
むすびは、現在のところ
外国にはないと思われます。
どうしてかというと、
むすびは偶然生まれてきたり、時間とは関係がないからです。
日本は、室町期~江戸末期にかけての
特殊な歴史性があり
その中で「武術むすび」がうまれました。
戦術の重要なファクターでありましたので
当然ながらヒミツ(シークレット・テクニック)にしていたと思われます。
それが明治~昭和にかけて武士じゃなく
民間人であるわれわれの中にひとつの意識技(氣のテクニック)として
受け継がれてきたのです。