武漢ウイルス感染症(WARS)による不安定な状態が続いている。マスコミに出るのは、患者、医療従事者、保健所職員、営業自粛を強いられた飲食店店主など、迷惑を被った人の話が多い。しかし、経済全体は決して失速していない(税収は伸びた)。ということは、儲かった人もいる。IT化や巣篭りで潤う業種、感染対策や補助金支給業務で利益を得た業界などである。WARS流行は、社会をかき回す強い力という点では戦争と同様で、損得組の落差は大きい。政治家では、損したのは菅首相、得したのは小池知事であろう。
首相はWARS流行の途中で政権を投げた安倍前首相を引き継いだ。貧乏くじは覚悟の上だったろうが、GOTOなどの積極策は裏目に出た。お願いばかりの自粛要請は飽きられた。感染対策は、政治畑の側近には荷が重い。呼び集めた専門家は、当然ながら感染対策を優先する。それに反して行動制限を解除すれば、反動で批判は大きくなる。その中で、東京五輪開催とワクチン開発が同時期に来た。これは逆転の好機であった。ワクチン接種を急いでWARSを制御し、五輪開催に漕ぎつけるという流れである。
その意気込みで、訪米時にはワクチン確保に奔走し、自治体に号令をかけ、国民に接種を呼び掛けた。しかし、この首相の努力を前向きに捉える報道は少なく、否定論ばかりが目立つ。新設した担当大臣が実務能力に乏しいのは残念であった。もっと残念なのは、ご本人の呼びかけが心に響かないことである。原稿の棒読み、原稿がない時は同じ文言の繰り返し、そっけない文面、乏しい抑揚、無愛想に固まった表情、木で鼻をこくったような記者への返答など、その演出は悪いプレゼンのお手本、反面教師である。
振り返れば、PCR検査の過度な抑制(手順が面倒)、給付金・補助金の遅配(手作業が多すぎ)、ワクチン開発の遅れ(世界治験に入り承認を早める手はあった)、ワクチン配布の停滞(ロジの不慣れ)など、粗探しのネタには事欠かない。その中で巡ってきた逆転の好機である。この時とばかりに手を打つのに、国民にアピールしないのである。そればかりか、官房長官風の拒否的な態度を続け、国民の気分を損なっている。演出下手もあろうが、これだけ感染対策の努力が報われないのは、ツキがないと思わざるを得ない。
これに対して、都知事の行動は絶妙である。緊急事態宣言の発出では、国に責任を転嫁しつつ主導権を握った。飲食店への助成なども、決して順調ではないが、それも国が悪者になっている。五輪の組織委員会会長の森喜朗氏が攻められたときにも、恩や礼もなく冷たく見捨てて勝ち馬に乗った。その一方で、毎日のようにテレビに出て、ソフトでありながら力強い物言いとお得意の標語作戦で視聴者を魅了してきた。連日の対策会議にも作業服で出席している。そして極め付きは、過労による緊急入院と自宅静養であった。
確かにお疲れであったろうが、海外渡航が続いた首相はそれ以上だろう。しかし、首相が入院したら、それは逃げたとされたに違いない。知事の場合は、ご苦労様という同情の声であった。更に、退院後も活動を抑えて周りをじらし、都議選では自身が設立した政党の選挙運動を静養で避け、しかも投票前日には候補者の応援に駆け付けながら、敢えて演説をしなかった。かくて、都民ファーストを第2党に保ち、かつ自民には逆らわないという立ち位置を印象付けることに成功した。小池劇場の演出そのものである。
この一連の行動から、国政への出馬が予想されている。倒れても本望と言うまで感染症に取り組んだ、五輪は何とか中止を回避した、都民ファーストには義理は果たした、そこで国会議員に戻り、更には国を預かる地位を狙うというものである。おあつらえ向きに、東京9区の自民党議員が公民権停止で空席ができた。絶頂期となるパラリンピック終了と同時に知事を辞し、自民党公認ではなくても保守系無所属で当選、その後に自民党に入党して二階派を引きつげば、初の女性首長が実現することは十分にあり得る。
もしこの話が実現すれば、それは念入りに仕組まれた権謀術数の成果というより、そうなる運命にあったとさえ思わせる。イメージ作りだけで中身がないという批判もあるが、WARSという厄難にあって得点を稼ぎ勝ち登る能力は超人的である。あの話術やオーラの秘術に加えて、運にも恵まれているとしか言いようがない。首長に求められているのは、実務に長けた能力よりも、そうした幸運を引き寄せる力、強運である。万一強運を引いてきたら、(筆者を含む)すべての国民もそのおこぼれに与りたいものである。