月の都 太陽の檻

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『月の都 太陽の檻』
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完結『ミモザとアップルティー』・参・

2022-03-09 09:44:00 | ss:novelー継国巌勝―

おはようございます。今日も宜しくお願いします~。

本日で完結です(後書きはサイトのみ掲載です)。サイトには13日からUP、scheduleは明日変更します。

暇つぶし・息抜きにどうぞ♪

 

 

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・参・

 

 白いパラソルが音を立てて床に倒れた。

「あ! ごめんなさいっ」

 店内に響き渡った音に数人が振り返り、朱乃は、顔を真っ赤にして言った。席を離れて屈んで取ると立ち上がり、ふと、窓の外に目が行く。

『あ!!』

 大きく心の臓が跳ねた。

『継国先輩…!』

 ミモザのブーケを抱えた、継国神社の跡取息子が、軒下に滑り込んできたところだった。きっと突然の雨に、坂を、駆け上ってきたのだろう。

 ブーケが傷まないように抱えつつ、私服についた大量の雨粒を払い落としている。何度も空を見上げる面が、悪態を吐くようだったり残念そうだったり。或いは仕方ないかと笑ってみせたり。ころころと変わる表情に、思わず、パラソルを胸に抱いたまま魅入ってしまった。

 ふと、

「「!」」

 振り返った彼と窓越しに、目が合った。

 肩が一瞬で縮こまって上がり、耳朶まで真っ赤に染まるのが分かる。体中が熱で火照って、

『どうしよう! 目が合っちゃった…! この季節、ここに通ってるの、ばれてる!? ううん、分からないわよね、知らないわよね!』

 身動きできずにいると、相手はぺこり。と無表情で頭を下げて、店内に滑り込んできた。

『はわわわ…』

 心臓の音が耳に大きく聞こえ、腰が抜けたように席に着いた。卓上に広げていた『菫色のdiary』が目に入ると慌てて、仕舞おうと手を伸ばす。

 だが、震える手は照準を誤り、ソーサーに当たってカップは倒れた。

「あああっ」

 間一髪、日記が濡れることは免れたが、卓上に零れた紅茶にはすっかり青ざめて、

「大丈夫? か?」

 見上げて差し出された布巾と相手に、また、心臓が止まるかと思った。

「は、は、はい…ありがとうございます…っ」

 布巾を受け取ると、彼はミモザを向かいの席に置いた。倒れたカップを手に取り、もう片手で、溢れる紅茶を零さないようにソーサーを持ち上げて、カウンターに運んでくれる。

 手際の良さにほう…と吐息が漏れて、その音に自分で驚くと、

『静まれ…心臓! お願いもうやだ聞こえちゃう! ああんかっこいいよう先輩! 違う違う、そうじゃなくって!』

 きゅ。と口を真一文字に引き絞って卓上を拭いた。恥ずかしさで、涙が込み上げてきそうだった。

 テーブルを綺麗に整えては、ミモザを取りに戻った彼とすれ違い、布巾を戻そうとカウンターに近付く。

 オーナーがこちらを向いて、柔らかな笑みを零しては、彼の方に視線を飛ばし、

「あ。今日はそこでいいよね?」

『はああ!? オーナーナイス! じゃな~い!! 無理だってば! なんで!?』

 飛び上がりそうになった。

「ね? 朱乃ちゃん? お礼しないとね?」

「あ、あ、あ…そうですね、そうです…はい」

「同じのでいいかな?」

「は、はい、はい…え。あ。うーん、いいのかな?」

『聞けないよ!! オーナーのバカあ! ごめんなさいっ!』

「えーとおぉ。はい…」

 何度も首を縦に振ると、オーナーはすぐ隣の火元へと寄った。

 仕方なく、席に戻る。

 仏頂面の彼は、席には着いていたが、ミモザを抱えたまま外を見ていた。

『そうよね。迷惑よね…』

 俯いて、スカートの裾を強く両手で握った。

『どうしよう…会話。何か、会話…』

 間が持たない。感情のジェットコースターに、眩暈までしそうだった。

 オーナーが紅茶を淹れて卓上に運んでくれるのを見ては、つい、救いの眼差しを向けた。が、彼はにっこり微笑んで頷いたきり、戻ってしまった。

『う~~~~、…そうだ!』

 思い立ったのは、

「あの!」

「…」

 彼はゆっくりと、こちらを向いた。

「その節は、お世話になりました」

 テーブルに額が当たるのではと思われるほど、勢いよく頭を下げた。

 再び紅茶のカップを倒しそうになって、取り乱す。「ひゃっ」と声が漏れると、彼のくす。という笑いと共に、

「…何か、あったっけ?」

 何度か深呼吸してから顔を上げる。訳が分からない、そんな表情に苦笑う。

「お父様。兄の挙式で継国神社(つぎくにさん)にはお世話になって」

「…そう、だったんだ?」

「はい。何度か一緒に挨拶に行ってて…山の上では足の悪い祖母には辛いだろうって言う兄に、式は麓の分社で挙げてくれたんです、お父様」

 彼の顔が、思案気になった。

 反応しているのは分かったが、喋ってはくれない。

 とくん。と胸の奥に雫が落ちて真っ暗闇に落ちかけた時、

「聞いていい? かな」

「え? あ、はい!」

「何度か挨拶に、って…」

「あ…。兄が彼女さんには内緒で幾つか前もって候補を見て回るのに、私が継国神社を推したんです。それで、夏休みの終わり頃、何度か一緒に…」

「! そっか…! そうだったのか…!」

『え? え、え…?』

 次第に明るくなる彼の表情に、戸惑った。

 ただ、初めて自分に向けられた、笑顔の様な気がした。それが何より、嬉しい。沈みかけた闇には朝日が昇ったようで、つい、

「ミモザ」

「ん?」

「お好きなんですか?」

「あ…」

 彼がまた、考え込んだ。

「う~ん~…、好きな人が好きなんだ。多分」

「え…?」

「好きだよ」

 ドキッとした。

 真っ直ぐ見て言われたからだ。

 朱乃はなんとも言えない顔になって、

「私も。…好き」

 困ったように見つめ返した。

 その瞬間、互いの小指の、細い糸が見えた…否、繋がった気がした。だが、淡いそれがしっかりとした赤いそれになる前に、目を逸らす。

「ミモザ。好きなんです。このお店に飾られてるのって、継国先輩が運んでらしたんですね」

「……。……うん」

 ゆっくりと、二人の間を紅茶の香りが渡った。

 互いの小さな吐息を繋げるような、甘い香り。

 ふと、彼がカップを口元に運んでは喉を潤して、

「美味しい。これ、…なんの紅茶?」

「あ。アップルティーです…」

「これも、好きなんだ?」

「はいっ」

 思わず笑顔になった。ただ、少し引き攣ったようには思えた。

「そっか!」

 同じように笑顔になった彼にはほっとして、紅茶に視線を落とす。腿で祈るように組んだ手が、小刻みに震えた。

『好きだよ』

 先の彼の顔が浮かんだ。

『…いいよね。少しくらい勘違いしても。幸せのお裾分け、させて貰っても』

 無言で彼が紅茶を頂く空間に、時計の針の音だけが響くようだった。妙にはっきりと、耳に大きく聞こえた。

『好きな人、いたんだ…。先輩……』

 やがて彼が「ご馳走様。ありがとう」と言った。ミモザを抱えて席を立った。

「こちらこそ…」

 見上げて首を横に振ると、彼の眼差しが先程と同じく、真剣なものになった。

「ミモザを好きな女性、そうそういないよ。…俺なら、泣かせない」

「!」

「…またね」

 カウンターへ向かった彼が、ミモザを渡しつつ二人分の会計を済ませるのを見た。

 え、と思うが、彼はもうこちらを見向きもせずに、店を去って行く。

 思わず、立ち上がった。

 扉の鈴が大きな音を立てて開いては閉まり、雨の上がった外の景色が自然と目に入る。心臓が早鐘を打ったように鳴り響いて、知らず、胸元に手に当てその手首を掴んだ。

「朱乃ちゃん!」

 びくっとした。

 厳しい声だった。

「オーナー…」

 見ると、彼が真っ直ぐ扉を指さした。

 背中を強く、押された気がした。

 はっとした。

 急いで席を離れた。扉を開けて、

「先輩!!」

 軽く身を折って叫ぶ。彼は、既にロータリーの端まで行き着いていた。

「あ…」

『聞こえなかった…?』

 そう思った矢先、彼が立ち止まり、振り返った。

「朱乃!」

「!」

 満面の笑みで、手が差し出される。まるで、「行こう!」そう、言ってるようだった。

「先輩…!」

 駆け寄り、手に手を重ねた。強く引かれ、肩を寄せる。

 二人一緒に空を見上げて、笑顔になった。

 石畳へと軽快に、一歩を踏み出した。

 

 

 その後。

 菫色のdiaryと白いパラソルは、溢れんばかりのミモザが纏められた、一つのブーケと引き替えに、持ち主の元へと戻った。

 オーナーは、その日も、二杯のアップルティーを差し出した。

 

 

ミモザとアップルティー・完

 

 

 

***

 

 駄文読破、お疲れ様でした! お付合い下さいました皆様、ありがとうございました。

 この話は後日譚へと続きますが、それはいつか。またの機会に~♪