おはようございます。今日も宜しくお願いします~。
本日で完結です(後書きはサイトのみ掲載です)。サイトには13日からUP、scheduleは明日変更します。
暇つぶし・息抜きにどうぞ♪
『継国さん。』番外編
ミモザとアップルティー
・参・
白いパラソルが音を立てて床に倒れた。
「あ! ごめんなさいっ」
店内に響き渡った音に数人が振り返り、朱乃は、顔を真っ赤にして言った。席を離れて屈んで取ると立ち上がり、ふと、窓の外に目が行く。
『あ!!』
大きく心の臓が跳ねた。
『継国先輩…!』
ミモザのブーケを抱えた、継国神社の跡取息子が、軒下に滑り込んできたところだった。きっと突然の雨に、坂を、駆け上ってきたのだろう。
ブーケが傷まないように抱えつつ、私服についた大量の雨粒を払い落としている。何度も空を見上げる面が、悪態を吐くようだったり残念そうだったり。或いは仕方ないかと笑ってみせたり。ころころと変わる表情に、思わず、パラソルを胸に抱いたまま魅入ってしまった。
ふと、
「「!」」
振り返った彼と窓越しに、目が合った。
肩が一瞬で縮こまって上がり、耳朶まで真っ赤に染まるのが分かる。体中が熱で火照って、
『どうしよう! 目が合っちゃった…! この季節、ここに通ってるの、ばれてる!? ううん、分からないわよね、知らないわよね!』
身動きできずにいると、相手はぺこり。と無表情で頭を下げて、店内に滑り込んできた。
『はわわわ…』
心臓の音が耳に大きく聞こえ、腰が抜けたように席に着いた。卓上に広げていた『菫色のdiary』が目に入ると慌てて、仕舞おうと手を伸ばす。
だが、震える手は照準を誤り、ソーサーに当たってカップは倒れた。
「あああっ」
間一髪、日記が濡れることは免れたが、卓上に零れた紅茶にはすっかり青ざめて、
「大丈夫? か?」
見上げて差し出された布巾と相手に、また、心臓が止まるかと思った。
「は、は、はい…ありがとうございます…っ」
布巾を受け取ると、彼はミモザを向かいの席に置いた。倒れたカップを手に取り、もう片手で、溢れる紅茶を零さないようにソーサーを持ち上げて、カウンターに運んでくれる。
手際の良さにほう…と吐息が漏れて、その音に自分で驚くと、
『静まれ…心臓! お願いもうやだ聞こえちゃう! ああんかっこいいよう先輩! 違う違う、そうじゃなくって!』
きゅ。と口を真一文字に引き絞って卓上を拭いた。恥ずかしさで、涙が込み上げてきそうだった。
テーブルを綺麗に整えては、ミモザを取りに戻った彼とすれ違い、布巾を戻そうとカウンターに近付く。
オーナーがこちらを向いて、柔らかな笑みを零しては、彼の方に視線を飛ばし、
「あ。今日はそこでいいよね?」
『はああ!? オーナーナイス! じゃな~い!! 無理だってば! なんで!?』
飛び上がりそうになった。
「ね? 朱乃ちゃん? お礼しないとね?」
「あ、あ、あ…そうですね、そうです…はい」
「同じのでいいかな?」
「は、はい、はい…え。あ。うーん、いいのかな?」
『聞けないよ!! オーナーのバカあ! ごめんなさいっ!』
「えーとおぉ。はい…」
何度も首を縦に振ると、オーナーはすぐ隣の火元へと寄った。
仕方なく、席に戻る。
仏頂面の彼は、席には着いていたが、ミモザを抱えたまま外を見ていた。
『そうよね。迷惑よね…』
俯いて、スカートの裾を強く両手で握った。
『どうしよう…会話。何か、会話…』
間が持たない。感情のジェットコースターに、眩暈までしそうだった。
オーナーが紅茶を淹れて卓上に運んでくれるのを見ては、つい、救いの眼差しを向けた。が、彼はにっこり微笑んで頷いたきり、戻ってしまった。
『う~~~~、…そうだ!』
思い立ったのは、
「あの!」
「…」
彼はゆっくりと、こちらを向いた。
「その節は、お世話になりました」
テーブルに額が当たるのではと思われるほど、勢いよく頭を下げた。
再び紅茶のカップを倒しそうになって、取り乱す。「ひゃっ」と声が漏れると、彼のくす。という笑いと共に、
「…何か、あったっけ?」
何度か深呼吸してから顔を上げる。訳が分からない、そんな表情に苦笑う。
「お父様。兄の挙式で継国神社(つぎくにさん)にはお世話になって」
「…そう、だったんだ?」
「はい。何度か一緒に挨拶に行ってて…山の上では足の悪い祖母には辛いだろうって言う兄に、式は麓の分社で挙げてくれたんです、お父様」
彼の顔が、思案気になった。
反応しているのは分かったが、喋ってはくれない。
とくん。と胸の奥に雫が落ちて真っ暗闇に落ちかけた時、
「聞いていい? かな」
「え? あ、はい!」
「何度か挨拶に、って…」
「あ…。兄が彼女さんには内緒で幾つか前もって候補を見て回るのに、私が継国神社を推したんです。それで、夏休みの終わり頃、何度か一緒に…」
「! そっか…! そうだったのか…!」
『え? え、え…?』
次第に明るくなる彼の表情に、戸惑った。
ただ、初めて自分に向けられた、笑顔の様な気がした。それが何より、嬉しい。沈みかけた闇には朝日が昇ったようで、つい、
「ミモザ」
「ん?」
「お好きなんですか?」
「あ…」
彼がまた、考え込んだ。
「う~ん~…、好きな人が好きなんだ。多分」
「え…?」
「好きだよ」
ドキッとした。
真っ直ぐ見て言われたからだ。
朱乃はなんとも言えない顔になって、
「私も。…好き」
困ったように見つめ返した。
その瞬間、互いの小指の、細い糸が見えた…否、繋がった気がした。だが、淡いそれがしっかりとした赤いそれになる前に、目を逸らす。
「ミモザ。好きなんです。このお店に飾られてるのって、継国先輩が運んでらしたんですね」
「……。……うん」
ゆっくりと、二人の間を紅茶の香りが渡った。
互いの小さな吐息を繋げるような、甘い香り。
ふと、彼がカップを口元に運んでは喉を潤して、
「美味しい。これ、…なんの紅茶?」
「あ。アップルティーです…」
「これも、好きなんだ?」
「はいっ」
思わず笑顔になった。ただ、少し引き攣ったようには思えた。
「そっか!」
同じように笑顔になった彼にはほっとして、紅茶に視線を落とす。腿で祈るように組んだ手が、小刻みに震えた。
『好きだよ』
先の彼の顔が浮かんだ。
『…いいよね。少しくらい勘違いしても。幸せのお裾分け、させて貰っても』
無言で彼が紅茶を頂く空間に、時計の針の音だけが響くようだった。妙にはっきりと、耳に大きく聞こえた。
『好きな人、いたんだ…。先輩……』
やがて彼が「ご馳走様。ありがとう」と言った。ミモザを抱えて席を立った。
「こちらこそ…」
見上げて首を横に振ると、彼の眼差しが先程と同じく、真剣なものになった。
「ミモザを好きな女性、そうそういないよ。…俺なら、泣かせない」
「!」
「…またね」
カウンターへ向かった彼が、ミモザを渡しつつ二人分の会計を済ませるのを見た。
え、と思うが、彼はもうこちらを見向きもせずに、店を去って行く。
思わず、立ち上がった。
扉の鈴が大きな音を立てて開いては閉まり、雨の上がった外の景色が自然と目に入る。心臓が早鐘を打ったように鳴り響いて、知らず、胸元に手に当てその手首を掴んだ。
「朱乃ちゃん!」
びくっとした。
厳しい声だった。
「オーナー…」
見ると、彼が真っ直ぐ扉を指さした。
背中を強く、押された気がした。
はっとした。
急いで席を離れた。扉を開けて、
「先輩!!」
軽く身を折って叫ぶ。彼は、既にロータリーの端まで行き着いていた。
「あ…」
『聞こえなかった…?』
そう思った矢先、彼が立ち止まり、振り返った。
「朱乃!」
「!」
満面の笑みで、手が差し出される。まるで、「行こう!」そう、言ってるようだった。
「先輩…!」
駆け寄り、手に手を重ねた。強く引かれ、肩を寄せる。
二人一緒に空を見上げて、笑顔になった。
石畳へと軽快に、一歩を踏み出した。
その後。
菫色のdiaryと白いパラソルは、溢れんばかりのミモザが纏められた、一つのブーケと引き替えに、持ち主の元へと戻った。
オーナーは、その日も、二杯のアップルティーを差し出した。
ミモザとアップルティー・完
***
駄文読破、お疲れ様でした! お付合い下さいました皆様、ありがとうございました。
この話は後日譚へと続きますが、それはいつか。またの機会に~♪