50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

ぼくはぼくはと・・・

2015-02-23 20:46:21 | 小説
ぼくはぼくはと主張の強い若者を前に、クモは劇場という得手の場が手伝った、唐突に、
「それにふりすててゆこうとは、やりゃしませんぬぞ、手にかけて。殺しておいてゆかせんな」
とでてやった。しかし何のこともなさそうな若者で、それはクモの姪とよく釣りあっていたのかも知れない。とそんな思いを抱いているうち、クモはどうやら日ごろの憂さや気難しさが薄らいだ。劇場、そのロビーには雰囲気的なクモの生態にかかわる何かが漂うらしい。が若者はさらに熱っぽく装っていった。

(つづく)

商店街を抜けると・・・

2015-02-22 19:00:21 | 小説
商店街を抜けると、クモは姪のことをすっかり忘れてしまっている。街路を隔てた、古典風の偉容を見せた劇場、垂れ幕がヒイキの女優で、なまめく初の絵姿と眺めた。晴れやかな心持ちのクモは、目から鱗がもの憂さが落ちつくした。草のはすはな世にまじり・・・・・・か。そう口ずさみ、いっぱしの好事家気どりだ。劇場へ歩道を渡っていくと、青信号が初夏の晴れ空に溶け入っているようだった。
「流れの身・・・・・・どうで女房にゃもちゃさんすまい、いらぬものぢゃと思えども」
とすらすら口にでてきた。思えども、嘆けども・・・・・・見も世も思うままならず。
「どうしたことの縁じゃやら、か」・・・・・・

(つづく)

「ふん。おじさまも・・・

2015-02-21 20:03:45 | 小説
「ふん。おじさまもいきいきしていらっしゃる。デパートで高校の時のコと待ち合わせしているの。嘘じゃありませんから。ママに変なつげぐちされると困るんだけどな」
さようならとあっさりといって去る姪だった。若い独身女は何と淡々としたものだと思いながら、クモは全身に濃密な心持ちがかけまわっている。姪であれ、妻にはないある種の魅力、眠っていた性欲が刺激された魅力が感じられる。
「さようなら」
とおそまきながらいって、見送った。一瞬の間だったように、彼女が立ち去ってみれば思えて驚いてみるが。
「徳兵衛や初の生きた時代じゃあるまいし。姪は豊かな現代に生きているんだし」
自分が守れないはずもなかろうと妙なところに気をまわして歩きだした。クモはポケットで、劇場のチケットを確かめていた。

(つづく)

「おつかい」

2015-02-20 21:27:11 | 小説
「おつかい」
「デートじゃないのかな」
とクモは軽口がいえた。
「かも知れないわね」
と美貌の顔がいった。軽い口調だったが、クモには罰を思いつかない親族の親しみばかりがきている。彼女を商店街で前にしている時、クモの目にはその背後に、よく見もしないテレビを見ているような錯覚が映っている。
「夥しい人のいきかいを背にしているといつもより、美しく見えるから不思議だな」
気取る彼女にそう皮肉の一つもいってやりたくて、クモはそう声を高めていってやった。デパートの巨きい柱を横にした立ち話だった。

(つづく)

彼女の後ろ側で・・・

2015-02-19 16:31:21 | 小説
彼女の後ろ側で、さまざまな人とファッションが流れていた。クモの目には、姪と知った前には生き物がゴロゴロころがっていく、という比喩がぴったりだったのだ。姪と知って、テレビのシーンが一変するようだった。
「曽根崎心中でしょう。劇場にかかっていたわ」
と涼しく姪はいった。
「たまにはつきあうかな」
そういって見るとクモは気分が華やぎ、構えた気分がほぐれていくのだった。

(つづく)