啓は今日偶然和子を知った。ジーンズをそっと赤いコートに寄り添わせる外ないが、和子の方は以前からスケーティング・リンクで熱い目を注いでいたが、それは啓の知らないことだった。和子に合わせた年上らしい調子だった。「乗れたのは楽しい曲やからやねん」大阪弁には親しみがこもっていた。和子の視線を追ってみるとイチョウの葉が、浮き雲に黄色い歌を聴かせている。風も止んできた。で和子は啓の脇腹深く抱きついたままで、大きくうなづいている。気ぜわしく通る歩行者の列を気にかける理由もなく、気にすることもないようだった。啓はジーンズの胸に股に、太陽が風の止んだ歩道にあたためにきていて、熱のこもる息を覚えた。
(「南幻想曲」つづく)
(「南幻想曲」つづく)