エッセイ おとうと
BS放送の映画「おとうと」をみて、久しぶりに本を読みたくなった。
原作「おとうと」は、著者幸田文の自伝的な小説だ。
父親は小説家の幸田露伴、母親は後添えにきたクリスチャン、姉と弟の家族の物語だ。
姉の「げん」は十七歳の女学生、中学生になったばかりの弟碧郎は十四歳、げんの目を通して、弟を書いている。
多感な弟は家庭への不満、特に継母との折り合いの悪さを持て余している。
母親はリュウマチを煩って寝ていることが多く、「げん」は学校に行きながら家事の殆んどをこなす。
だが、十七歳の姉では家事全部の采配は難しい。
目の前の用事は出来るが、行き届かない事ばかりで、母親の無関心さが不満で仕方がない。
冒頭、弟が傘なしで雨に濡れながら歩いていく。
肩をそびやかしてはいるが、長めの上着から細い首筋が見える。
母親に洋傘の骨が折れているから直してほしいと何度も頼んでいたのに知らん顔、今朝も床から出てこない。
強がりを言って飛び出した弟が気になって、追いついて、せめて手拭いでも渡したいと思う。
夏休みになり、この間まで小学生だった近所の友達が、白絣などの大人仕立ての着物で迎えに来る。
碧郎は去年着ていたこどもの着物、腰上げつきの襟巾の狭い単衣物。
それに気付いた「げん」は夜なべをして縫い直す。
こんなことは母親が気づかなければいけないことだと母親への不信がつのる。
弟はこういう不満を根っこに、小さなつまずきから不良になる。
撞球場のつけ、ボートの修理代、馬を乗りまわして怪我をさせその治療代、小説家で名は出ているが経済的には厳しい傍観者の父親にまわす。
その後も予備校の様なところを渡り歩いていたが結核になる。
若い医者は「両親がそろっている家庭で、ここ迄悪くなる前に、何故もっと早く気付かなかったのか」と。
若い頃読み、胸が苦しくなるほど泣いた。
私も三歳下に弟がいる。「げん」は私、姉として必要以上に感情移入をして読んでいたような気がする。
課題【夏・自由課題】
先生の講評・・・言葉は吟味されているが、いかんせん筋の」引用部分が多すぎる。
傍線をもっと書き込みたい。
「必要以上に」と留保してあるが、作品と自分たち、姉弟とダブらせたい。
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