ジムで知り合い仲良くなったお友達が顔を見せてくださった。当に彼女を表している柔らかな色合いの薔薇は心が和らぎ、一進一退の今また新たな元気を頂き本当に嬉しかった。彼女は物静かでジムでは私の話をよく聞いてくださり、わたしの方がいつも勝手に話してストレスを発散していて申し訳ないと思っています。トータル700回以上のジム通いが今回の手術に大きく助けになったと思うのでまた続けたいと思っている。気にかけてくださる方がいる…気持ちが落ち込んでいる時これ程嬉しい事はありません。
白アスパラの季節と言っても田舎のスーパー・マーケットではなかなか手に入らない。少々お高いけれどこれをメイン・ディッシュにして(他を削ってね)食べる事にしました。でもね、半分は下の皮を剥いても筋だらけでお行儀悪いけれど噛み切れません。ヨーロッパでは朝市で太ったづんぐりとした白アスパラガスが山のように積んで売られています。これでは缶詰の方が良かった…残念!こんなに細くては…。
シャンソン歌手の石井よし子がパリへ留学した時(古いお話)、白アスパラガスは高価で食べられない。そこで下層階級の人々は”リーク”と言う葱みたいな物をコンソメで煮て白アスパラに似せた一品を食べたそうです。”貧乏人のアスパラガス”と書いていました。これを下仁田葱で試してみたら美味しかったですよ。
シャンソン歌手の石井よし子がパリへ留学した時(古いお話)、白アスパラガスは高価で食べられない。そこで下層階級の人々は”リーク”と言う葱みたいな物をコンソメで煮て白アスパラに似せた一品を食べたそうです。”貧乏人のアスパラガス”と書いていました。これを下仁田葱で試してみたら美味しかったですよ。
ウォーキングの道の途中、あるおばあさんの畑の隅に一本見事なしだれ桜があります。私を待っていてくれたかのように満開になりました。しだれ桜は早咲きが多いのに少し小高い所にあるからかしら?。写真よりもう少し濃いピンクです。二、三日前から3000歩を目標に歩き出しました。足腰の痛さはありませんが、まだ疲れる。お天気が良く暖かく美しい時季に再スタートが出来て嬉しく思っています。
しゃがむ、腰を曲げる姿勢はやってはいけないと主治医から注意があったがテーブルの上で椅子に座っての手仕事はいいでしょう?。ミシンだって卓上電気ミシンだし…ね。横浜を離れる時麻の種類の多い生地屋さん”スワニー”へ連れて行ってもらった。パンツを二本、上着を一枚作るつもりが三本のパンツを作ってしまった。みんな麻です。しつけをとったり手縫いをしたりミシンから離れた仕事が好きです。これから大いに活躍する事でしょう。娘に勧められた大きな薔薇の柄は挑戦ですが…楽しみ。
二ヶ月留守にして雑草も深くなっていたが娘と孫息子が頑張って人様の見える所だけでもと綺麗にしてくれた。この冬の寒さで少々万物の息吹も遅くなったのだと思う。それにしても、四月に入りフリージャが例年ほどではないけれど見事に咲きました。家を離れる少し前化学肥料をパラッと捲いたからかも。全くだめだろうと想像していたが嬉しかった。道行く方々も微かな香りと共に楽しんでくださっている事でしょう。
帰宅後相当落ち込む日もある私に、声を何回もかけて気持に沿ってくださる方や、声をかけたら損をすると思うのか…遠退く人、この歳になって改めて勉強をしました。”弱い立場の人の側に立つ”これは夫の残した貴重な教えです。夫は何時でもそうでしたから。
帰宅後相当落ち込む日もある私に、声を何回もかけて気持に沿ってくださる方や、声をかけたら損をすると思うのか…遠退く人、この歳になって改めて勉強をしました。”弱い立場の人の側に立つ”これは夫の残した貴重な教えです。夫は何時でもそうでしたから。
退院をして娘の家で外来初診までの三週間世話になった時、孫娘のRちゃんが早速歓迎してくれて招待状を描いてくれました。彼女はこうしたウイットに富んだ仕事も得意です。力仕事はお兄ちゃん、お料理はマミー、ギターレッソンとお話はR、癒しはワンちゃんのシリウスとR…と痒いところに手が届く”ホテル”です。彼らの生活に迷惑もかけたと思うけれど、本当に皆一生懸命助けてくれた五つ星ホテルでした。ばあ様が可愛すぎるね!有難う。
フランスで活躍したアールヌーヴォーの寵児ミュシヤは後半祖国チェコへ戻りスラヴ民族の歴史を描いた。プラハの聖ヴィート教会のステンドグラスには二人の聖人の物語が描かれ、後のこの”スラヴ叙事詩”の大作が描かれた流れがあったと思う。大作”スラブ叙事詩”はプラハから離れた小さなお城にあると言うことを聞いた。旅友と「行ってみたあい」と叫んだものでした。それから10ン年全作20点が日本で観られる事を入院中知り、それは行かねば…と密かに考えていたら、退院後突然娘がチケットをプレゼントしてくれた。そのタイミングの良さにああ驚いた。早速芸術新潮の三月号ミュシャ特集を買い下調べをベッドの中でしました。パリでの可憐な女性像を描いた画家の中には強い民族意識があり、このスラブ叙事詩につながったのだと思う。
娘が市立図書館分館から借りてきてくれた雑誌文芸春秋は1月、2月号、病院の売店で買った3月号は本当に良い読み物であった。文芸春秋を中身90%を読んだ事は初めてだった。何時も借りても60%、興味のない記事は飛ばしていたから。短い記事の集まりの雑誌はベッドの上では格好の読み物。退院後娘の家に戻って図書館へ行って借りてきたのが”イギリスからの手紙”です。家族と離れてのイギリス生活、日本への手紙は家族愛に溢れている。有名な童話作家(グリーンノウの子どもたち)でありマナーハウスのオーナーのルーシー・M・ボストン宅へ間借りした時のハイソサエティの生活が覗けた事や、経験出来た話はとても羨ましい。(私たちの借りた家はクロプディマナー・ハウスのお百姓さんのためのセミデタッチドと言う家だったもの)…が彼の性格が進取の精神に富み少々図々しい所があってイギリス生活が楽しめたのだと思う。残念に思うのは林望さんはアルコールがだめなのですね。ビールやウイスキーの国、アルコールで話が盛り上がる事は必然なのですが。
退院もまじかになり雑誌のブック紹介で見つけた。「漫画と馬鹿にしていたらなかなかなもので、原本を読んで見たくなる衝動に駆られた」…と。そして原本としたのが岩波文庫で「難解な”夢十夜”をまんがで此処まで的確に表す事が出来る事に驚いた」とも書いてあった。退院後身体的にも精神的にも落ち着いて娘の家でリハビリをしている時手に入れた。心身共に萎えている時はこんな怖い話は読みたくない。孤独の悲しみが夢には溢れています。夏目漱石はロンドン留学がうつ状態になるほど苦しんだ事は知られています。たった一人であの時代ロンドンに生活する事は、まがりなりにも1977年から2年余り片田舎に生活した者としたらよく解る。夢っていつも筋道の立てられない不思議な世界だと思う。それにしても漫画家近藤ようこに拍手です。充分漱石の”夢…”を汲んでいると思う。
週二回、お歳を召したご婦人たちが病室を覗いてはお手伝いをしてくださる。ボランティア・グループ”ランパス”の方々。ラテン語で”ともしび”と言う意味だそうです。遠方からの患者さんにはお洗濯までしてあげる。何回かお目にかかり話しているうちにいろいろ解り合い、品の良い優しい静かな語り口にとても慰められた。彼女の趣味は書道、院展へ行って来た話しなどしてくださった。私の和綴じ作品を是非使って欲しいとお送りする事にしました。また手仕事をしたくなる気持になり私にとってもよいリハビリとなりました。病院のボランティアは難しいと思う。患者の気持に寄り添えればいいけれど一緒に落ち込んでしまっては困るでしょ。私などすぐに気持ちが折れて涙が出て来るから…。彼女たちには頭が下がります。