突然、キーボードがおかしくなった。
ちゃんと字が出ない。
乾電池マークが点滅している。
電池を入れ替えた。
でも同じ。やっぱりむちゃくちゃな字が出る。
こうなったら買い換えるしかない。
一番近い家電量販店へ向かった。
マスクはしていたが、気が焦っていたせいで
帽子も日傘も忘れてうちを出た。
暑い! 取りに帰るのも疲れる。
恥も外聞もなく、トートバッグを頭にかぶって歩く。
店について突然、不安になった。
前にキーボードを付け替えたのはいつだったろう。
どうやって付け替えるんだっけ。
なにか設定しないといけなかった?
店のお兄さんに「すみません、キーボードって
どうやって替えるんでしょう」と、パソコンを
使い始めたばかりの振りをして尋ねた。
ほんとはもう20年くらい使っている。
キーボードだって何回も替えている。
だけど忘れるのだ、次から次へと。
お兄さんは親切にキーボードを選び、
レジについていってくれた。
「ポイントカードをつくりますか? スマホで登録できますけど」
「スマホ、うまく使えないんです」
「じゃあ、ぼくがやりましょう」
私のスマホをいじって、さっさと登録してくれた。
トートバッグとトイレットペーパーを一巻、おまけにくれた。
帰り道、たいへんなことを思い出した。
午後2時にインタビューの電話が掛かってくることを
すっかり忘れていたのだ。
え? いま何時? ひょっとして……!
炎天下、キーボードを抱えて走った。
うちへ飛び込み、汗だくで時計を見た。
2時10分前! 良かったぁ!
その10分の間にキーボードを取り替えることにした。
新しいほうに電池を入れ、USBポートになんちゃらを差し込み、
さあ、スリープになってるはずのパソコンに画面が現れる
……かと思いきや、真っ暗。
やだ、前のキーボードには「電源」というボタンがあったのに
今度のにはない! どこを押せばパソコンが動くのよ!
電話が鳴った。
前に一度、電話で話しただけで、会ったことのない新聞記者さん。
「お世話になります。先日お話しした……」と相手が言うのを遮り、
「すみません、パソコン、お詳しいですか?」
「は? い、いちおう使ってますけど、詳しいかどうか……」
男性だし記者だから、少なくとも私よりわかるはず。
「キーボードを付け替えたんです。でもパソコンが甦らないんです!」
といきなり言われても、相手は困るだろう。
「ええと、あのう…」という声から大いなる戸惑いが伝わってくる。
「どこのキーを押しても駄目なんです!」
「電源は……」
「前のキーボードにはそういうキーがあったんです。
でもこれにはないんです!」
「いや、パソコンの電源を入れ直してみたらどうでしょう」
「パソコンの電源って、どこにあるんですか?」
「………」
そりゃそうだ。彼は私のパソコンなんて見たこともない。
そもそも、毎日、立ち上げているのに、自分のパソコンの
電源がどこにあるのか、わからないということがあるだろうか。
焦りまくって、パソコンのあちこちを眺め回す。
「あ、もしかしてこれですか?」
「いや……」
これですかと言われても、ズームとかじゃないんだから
彼にわかるはずがない。
ともかくそれを押してみた。
「つきました! パソコンが起動しました!」
叫ぶように言った後、ほんとうに恥ずかしくなった。
ああ、何10年使おうと、私はパソコンのイロハもわからない。
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で、この大騒ぎの間に、今日こそは、と期待を込めていた
羽化の瞬間を、また見逃していた。
一頭目のサナギは17日に羽化、翌日、二頭目が羽化。
次の日は雨だったからなし。
そして三頭目が今日。
サナギから出た三頭目の蝶。
まだ羽が折りたたまれたままの状態を見たかったのに……。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/c4/bde5c22172e8cc065ff288a1e33c4ef7.jpg)