陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(十一)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

「…景さん、こんなとこで何やってんの? 空き缶拾いのボランティア?」

拾いあげた缶を手渡しながら、佐藤聖はあからさまに不審なまなざしを加東景に、ついで離れている長身の女に向けた。怪訝そうな顔をしているはずが、彫りの深さゆえかなんだか思索家のような面影がある。美術室にある石膏像のように、うっかり描きとめておきたくなるような。いつものちゃらんぽらんさとは、また別の色気が乗った顔でもある。そうだ、こいつは女とみれば、かならずこういった惚れ惚れしたくなる顔をする。男に対しては鉄面皮なのに。

「聖…サトーさんこそ、なんでこんなところにいるの?」
「なに言ってんの。私、ここの大学生だし。キャンパス内うろついていても、同級生に疑問視される謂れはないんだけど? 春休みに学内に出入りすんのに許可でもいるの、このガッコ?」

よくよく考えてみれば、このひとは幼稚舎からの筋金入りのリリアンっ子。たとえ、リリアン女子大生ではなくとも、高等部までのOGという肩書きだけで出入りしても許される身だ。すくなくとも、外様組の自分よりは。

「だって、春休みだからもう大学来ないかと思って」

そう、前回下宿に転がり込んできたのは二日前だったはず。
さすがに課題のレポートはできあがっているだろう。ひょっとしたら、この人は容量がいいから、あの後輩・浅生メイに依頼して書かせたのかもしれないのだ。そんな疑惑をどう持て余していいか分からずに、しかも、すっかり失念していたところだった。

「残念ながら、そうじゃないんだな」
「まさか、やり直しとか?」
「うん、まあ、そのまさかでね。だから、きょうも景さんちにおじゃまさせてもらおうかなぁ、なんて」

正確にいえば借りぐらしなのだから、加東家のお宅ではないのだが。
現在は、家主の池上弓子夫人が入院中。遠く離れた親族からの依頼で、景は母屋の管理を一任されている。聖も同性の友人、かつ、リリアン女学園の後輩なのだからという理由で出入りを許されている身だ。しかし、このひとは、のらりくらりと勝手に人の家にあがりこんでしまう。いつのまにか、こっちの懐にまで入り込んでしまうわけだ。あんさんは妖怪ぬらりひょんか。

「まったく、貴女って人は」
「迷惑じゃないよね? きょうの献立はまた美味ぞろいだよ。もち、うまいお酒つき」

しゃぽ、しゃぽと、徳利を揺らすような手つきをする。心なしか顔も赤い。まさか昼間っから一杯ひっかけてきたんじゃなかろうか。

「はいはい。もう、好きにしてよ」

あー、もお、またしても寝不足の日になるのか。
翌日の勤務が早番だと、図書館での仕事に響くのに。だが景はまんざら悪い気はしなかった。人間は迷惑をかけながらも身を寄せあっていきていくものだから。

「加東さん、そちらどなた?」
「ごきげんよう、加東景さんの同居人の佐藤聖です。以後お見知りおきを、そこなきれいなお姉さま」
「あら、お上手ね。うふふ、加東景さんの同僚の築山みりんです。よろしくね」
「ほお、築山…みりんさんですか。それはお姿によくお似合いのすてきなお名前ですね。佐藤とは、まったりと仲良くなれそうだ」

築山みりんと佐藤聖が、景の頭越しに視線を交わしあい、嬉しそうに微笑みあった。
まったく、このふたりともよそ行きのスマイルがうまいこと、うまいこと。リリアン女学園の幼稚舎から通えば、こういうお愛想が口から出るように教育されているのかしらん。にしても聖さんのユーモアセンスはいつもながらあか抜けない。残念ながら、どうしようもない親父ギャグレベルだ。

にしても、聖さんたら。誰が同居人だ、誰が。
ただの一時的な寄生じゃないの。全否定しておきたかったが、あながち嘘でもなかった。屋敷の主である池上弓子が不在の庭の水やりや掃除をするのは、ここ毎日、八時間は図書館の仕事に就いている景には少々骨が折れるし、佐藤聖の手伝いがあることで大いに助かっているのだ。あながち邪慳にはできない。そもそも大家さんが倒れる以前からほぼ公認された招待客であったのだからして。

「んじゃ、景さん。私、先に帰っとくね。晩ご飯は、おいしいおでんだからねー。お風呂も先に入ってるからね。入浴剤は草津の湯だよん」

聖はポケットから取り出した合鍵を振りまわしながら、軽妙な声で鼻歌をうたって帰っていった。
もうすっかり同居どころか同棲者といった口調である。何とかしてくれ、この座敷童みたいな居候。お風呂も先にって、誘うような目線で言わないでって。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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