30歳前後の頃、ある事業所で事務職をしていた私は、耳の聞こえに不安を覚え、耳鼻科を受診。
しかし聴力にまったく問題はありません。なのに電話の聞き間違いが多い。社長には怒鳴られる。体調を崩した私はその職場を二箇月で辞すことになります。いくつかある正社員経験のうちのひとつでも苦々しい、けれどもさほど珍しくもないことでした。
就職氷河期ならではの転職歴の多さを誇る私が、そのキャリアのなかでも暗黒労働だと認識していたのがコールセンター業務でした。大した事務スキルもなかった若かりし頃の私には、地方でできるそこそこ時給のいい仕事はそれしかありませんでした。しかし、OJTのふたり一組ロープレの段階からつまづいてしかたがない。マニュアルをいくらも家で復唱しても、相手が変化球の問いを投げてくれば、とたんにパニックになってしまう。辞めたあとは、自宅の電話も出られませんでした。そのせいで、ケータイを買うのすら遅れたわけです。
現在も経理総務責任者として。日々電話対応に追われていますが。どうしても聞き間違いや取り違いが多くて、ミスが多いわけです。他の人には電話を替わって受電してもらうこともありますが、事務所内にひとりのときはどうしようもありません。それでも、商品名や得意先名をなんとか覚え込み、会話のパターンをシミュレーションして、どうにかやりくりしていますが。もし電話対応を免除されたら、どんなに事務作業が楽でしょうか。事務方の責任者なのに、これってどうよ、と自責の念にかられもします。
電話で電卓での計算作業を中断されたくがないために、Excelでの自動計算表を作成したり。
気が散らないように、作業が半ばになっても戻れるように、手順をマニュアル化したり。そうした努力で防いではきましたが。それでも、電話口での会話で相手先に不快感を与えてしまうことは、いくばくかありました。
過去に勤めた建設会社では。この電話の指導者がかなり横柄な女性で。
お客さんも工事が高額なだけにクレーマー口調が多くて、現場監督さんも直接ケータイでは出てくれない。電話作業だけで、かなり消耗してしまったものです。これは憧れの会計事務所でもそうでした。みんな電話に出てくれない。帰りの電車に遅れるのに、電話で引き延ばされる。ノイローゼになります。
最近、図書館で借りた本によれば。
こうした聞き取りづらくて、仕事で困難を抱えてしまい、下手すればうつ病や適応障害を発して働けなくなってしまう人が多いことを知りました。目からウロコの情報でした。闇にに塗りこめられていた自分の視界がひらけた気分がしたものです。
いわゆる加齢性の難聴や中耳炎などの病気とは異なって。
耳はしっかり声や音をとらえてはいる。なのに、脳がそれを言葉として認識できず、からだが反応できていないというのです。その原因には遺伝や心因性、自己による脳損傷などがあげられますが、原因不明であることも。
子どもの頃から話を聞かない、空想好きでひとり遊びが好き。集団内での会話が苦手。周囲に雑音や話し声がざわめいていたら、集中して聞き取れない。だから人混みなんて大嫌い。検査では異常なしなのに、とにかく聞き取れない。人の名前を間違えたり、なんども聞きなおしてしまう。子どもの頃は気にしなかったが、大人になって音声対応の職種についてからその障害にきづくそうです。
この障害をAPD(聴覚情報処理障害)といいます。
ほんらいはメモをとったり、周囲への理解を求めるべきですが。私の現業では、メモを取る人間は覚えが悪いという理由で、筆記させてもらう時間も与えられずにストレスになっています。
一般に会社で仕事ができるというタイプは、耳からの情報処理が優れています。
一を聞いたら十を知るという言葉がありますが、短い説明のみでパッと体が動けるタイプです。じつは私の職場のかたのほとんどがこれで、正社員歴が長い出世株の親族もまさにこのタイプ。机に座ってのお勉強はあまり好まなかったほうです。
つまりですね。いわゆる高学歴者(のうちのガリ勉タイプ)がなぜ社会に出るとポンコツ扱いされるのかも、ここに原因があります。答えのわかったテキストをひとりで説くような作業なら得意。けれども、組織内の仕事はそうではありません。没入している時間に、あちこちから割り込み仕事が殺到、ペースを乱され、あちこちに資料が開いたままで、片付けようと思ったら電話がなり、ファックスやらメールが届き、上長からは不意打ちの指示がとんできて、アポもない来客までがドアを開く。
さらに私のような総務は、従業員までが予告もなしにやってきてお願い事をしてきたりもするのです。勤め先がアットホームな小規模会社だから、まあなんとかなっていますけども。そうでなければ、給料が多くても大企業ならば私はパンクしていたのかも。いやむしろ、大組織は業務が細分化されすぎているから楽なのか。それでも、そうした組織はいまや責任の軽い業務ならば非正規ばかりなのです。
HSPもそうですが、APDの人間が職場で気持ちよく働くには、周囲の理解が欠かせません。
わが社の幸いなことは。聴覚障碍者を二名雇っているために、多少、電話対応に不自由があることを理解はしてもらえることです。それでも、けっこうな叱責や記録をするなの意地悪な指導もあって、疲弊することもしばしばです。
APDの自覚がある人は。
ラジオや動画などで定期的に聞き取る力をきたえること。さらに睡眠不足や栄養不足等の不健康状態に留意し、ストレスのない生活を心がけることとありました。私はふだんギガを食いたくなさに余り動画を見なかったのですが、今後は折りをみて、ラジオ視聴するなり、動画を見るなりしていきたいものですね。大学院時代は英語で論文を書いていた時、ラジオ英語でヒアリング能力を高めていたので、かなり脳が冴えていたものでした。あれから20年以上、もう資格の勉強すらしなくなった私は、どんどん内臓不良にくわえて、脳も感官も衰えはじめているのでしょう。なんとか持ち直したいものです。
仕事の中身や職場の人間に失望する前に、まず、自分のからだの不具合を知って、調整していこう。そうすればキャリアを損なわずになんとか働いて生き延びられるのではないかと思うのです。
(2023/08/20)