「風邪引きかけてね。喉、痛い」
「じゃあ、あたしののど飴あげるわ。ちなみにノンシュガー。極端に甘いの嫌いなあんた好みでしょ?」
いつになく必死に言い訳するレーコがちょっとおかしかった。
わざと枯れたような声をしてみせるのも。レーコの声がくぐもっているのは今にはじまったことじゃない。
レーコは味覚がおかしいのか、それとも一見おとなしい外見に似合わず酒豪なためか異常に辛党だ。
カレーだって喉から炎を出したくなるような激辛をつくるから、カレーの日だけはぜったいにこの家には来ない。といっても、締切に追われる(わりには、あたしのいるときいっつも、暇を持て余してるように見えなくもない)レーコが手料理をすることなんて、まずないけどね。
「いや、これでいい。ワインに含まれるポリフェノールは、からだにいい」
「ふぅ~ん。ずいぶん、物知りね~ぇ、漫画家センセイは。ただのオタじゃなかったんだ」
あてこすりめいた物言いをしても、どうせどこ吹く風。
「これでも、洋酒には詳しいから」
ほんとうだろうか。いつもこの部屋で床に転がってるのは、缶チューハイか安い缶ビールばっかなんだけど。
机のペン立ては、限定販売だったとかいうアニメ柄の空き缶だったし、お茶を出された時は梅酒のワンカップ瓶だったし。
「ハイ、ハイ。わかりましたって。でも、すなおじゃないわね、あんたって」
片目つぶっていじわるめいた笑顔を送ると、レーコの眉がぴくりと動いた。はは~ん、さては図星だったな。
「えせアイドルさんこそ、こんなカロリー高い飴食べて太らないの?」
あたしの飴を下からぺろりと舐めあげて、ちょっとしかめっ面してみせてから言った。
相当無理して舐めてるストレスをぶつけてきたようだ。でも冒頭のよけいなひと言だけは、あたしのポリシーが許さない。
「ちょっ…! いまの聞き捨てならないわね。週に三日はスポーツジムに通って、バツグンのスタイルを維持してるのよ? あたしのカンペキなボディラインが飴の一本や二本くらいで崩れるわけないでしょ、へーんだっ!」
「胸以外はね」
レーコが後ろから首を伸ばして、あたしの胸元を覗きこんだ。あたしは慌てて、胸のたもとを引き合わせた。またひとなめして、舌先に飴の染みを乗せたレーコがぼそりと呟く。
「……洗濯板」
「うっさい!それは、あんたの漫画のほとんどが、そーでしょーが!」
「そうね、コロナを知ってからわかったけど、私、あんがい貧乳嗜好家だったわ」
「う…!」
それ言われると弱いじゃないか。
レーコはあたしの髪に唇を寄せて、さらりと言ってのけたのだ。悔しいけど、あたしの操縦術をこころえている。気持ちが昂りそうになると、抑えてくれる彼女の存在にこれまでいくど救われたことか。だから、今の今でもあたしは破壊的にならずにすんだのかもしれない。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」