陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

そうだ、本をもう売ろう!

2018-02-24 | 読書論・出版・本と雑誌の感想

今回は読書家にあるまじき日記を書きます。
作家の皆さんに憎まれそうですが、本は買いすぎるとロクなことがありません。そんなお話です。

ブログで何度も申し上げていますが、私は自他ともに認める本の虫。
時間があれば図書館に通って貸出限度枠いっぱいまで持ち帰り、定期的に古書店によっては目ぼしい本が出回っていないか漁り、なじみの書店では(立ち読みも兼ねて(笑))新刊をチェックしたりします。こんな私ですから、部屋の中は本でいっぱい。本は捨てられない。

数年前まで、いや、もっと言えば学生時代の研究生活から数年のちまではそうでした。
学生時代は、学生寮の個室が狭かったものですから、研究室、廊下のロッカー、そして資料室にも自分専用コーナーをつくって、かなり占有していました。なぜなら、管理を任されていたので、好き放題使ってよかったからです。

本だけに限りませんが、人間は定住すると荷物がどうしても多くなります。
幌馬車暮らしのジプシーや、ゲルで暮らすモンゴル人など遊牧民は、みな驚くぐらいのミニマルライフ。自分はあまり所有していませんが、キャンプ用品が好きだったり、非常用持ち出し袋に興味があったりするのも、身軽な生活に憧れがあるからです。日本は災害列島ですから、いつ、住まいを失ってもおかしくはない。そもそも、私は子どもの頃から引越しが多く、大学進学後の都市圏での社会人生活でも何回か引越しを経験しています。そのたびに、多くの買い集めた本とさよならしてきました。

現在は、所有する自宅がありますので、本棚も増やしてしまい、必然的にこの数年でかなりの蔵書数になっていました。とくに資格試験を受けるとテキストの数も多くなりますし、仕事で専門的な調べものが多いと、分厚い本もかさんできます。

ここ数年、我が家で持ち上がっていたリフォーム問題が、今月に入って、急ピッチで進めなくてはならなくなり、一部はすでに着手しています。当面はいまの居住地に住めるのですが、そのうち、別宅に転居になるかもしれない。そのために荷物を減らそうということになりました。

私の家は、自分の書籍はともかく、過去に住んでいた人の残した荷物(とくに衣服)などが望外に多かったので、まず、それを片付けるのが一苦労でした。ほとんど再利用できないものでしたので。本に時代遅れはありますが、服ほど、引き取りに手間がかからないものですよね。家電みたいにリサイクル料金を取られるわけではない。ただ、最近、焦っているのは、近所から立て続けに古書店がなくなっていったことです。買う場所どころか、売る場所もなくなってしまう。危機感が募ります。

もういちど言います。本は無尽蔵に買い集めると、ロクなことになりません。私の家はまだないですが、床が抜けることがあります。本棚に積み過ぎると、地震で倒れてきます。積読しているうちに、新しい情報が出てきて、古くて利用できないこともあります。

本は新刊で買った時に高額だったりすると、惜しくなって売りにくいです。
下手に再読したりすると愛着が湧いたりして、処分できなくなってしまう。そのまま数年間埋もれて、埃をかぶったまま押し入れの奥にあったりする。いつか読もうと思って買った分冊された小説の文庫本、いつのまにか興味が失せてしまっている。そんなことがよくあります。雑誌も包装を開封しないままで一年経てば、もう価値がなくなってしまいますよね。過去の雑誌でも目ぼしいニュースがないかと読むこともありますが、何十冊もあれば、すべてに目を通すことは不可能です。

けっきょく本を楽しむ時間がなくなってくるんですね。
だから持て余してしまうんです。読み時を逃してしまった本というのは、めんどうくさい。いつか、読むべき時がもうやってこない。それを断定しなければならないのです。

それに、ここ数年、実感したことは自分の体力の衰え。階段を上り下りして、本や雑誌を運び出すのがかなりきつい。購入して持ち帰ったときはワクワク感いっぱいだったのに、古びてかび臭くなった本を払い出して運ぶのは、うんざりします、ほんとうに。昔は本を売るのも惜しみ惜しみだったんですが、いまは多すぎて管理ができないので、ほとんど投げ捨てるみたいに箱に除けていますね。愛着も何もあったものではないんです。熱心に読んでいた漫画なんかも、ある日を境にいきなり捨てたいと思ったりします。作家の皆さん、出版社の方が必死になってつくりあげた本も、気まぐれな読者にとってはこんな扱いです。ごめんなさい。私は本好きだけど、本には憎い思いもあります。

自分は買い物依存症ではないと自覚していますが、古本で投げ売りセールがあったりすると大量に買い込んでしまったこともありました。精神的にまいっているときに、うっかり買ってしまうんですよね。でも、家で読むと、ぜんぜん楽しくなかったりするんです。あれって、なぜなんでしょうね。この本はうちに迎えたけれど、ここでは不幸になるんじゃないかと思えてくる。持主のせいで(爆)。本はやはり本が集まっている場所の方が、輝いて見えますよね。

ある調べものがしたくて買った本があるけれど、別の書店、もしくは図書館で見かけた本のほうが魅力的で役立っていたとか、そんなこともしばしばあります。買った翌月に改訂版が出てしまったとか。おなじ版が古書店では半額で売られていたとか。けっきょく、30頁ぐらいしか読まずにそのまま放置がよくあります。むしろ図書館などでしっかり全て読んでから買った本のほうが、持ちが良かったりするんです。なぜでしょうね。

人生の残り時間で読める本は限られています。 
読み飽きた本、見切りをつけた本はさっさと売り払って、新しい読者との出会いを用意してあげましょう。

読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 氷上のアスリート、後生畏るべし | TOP | いつも明窓浄机でお願いします »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 読書論・出版・本と雑誌の感想