陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「偶像の下描き」(五)

2010-12-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


ぺこりと深く頭を下げた相手の後頭部におおきな紅いリボンが見えた。
私は相手が少女であることを認めると、つぶさに観察した。

女子高生ウォッチングは漫画の資料づくりに欠かせない習慣だった。
勘違いしないでほしいが、それが性癖ではなく、あくまで職業病といえるようなものだった。たとえば、ほどよく膨らんだキャミソールの美しい谷間をつくるためには、どれくらい肉のボリュームを集めているのか。たとえば、脚線美を引き立てるには太ももから足首にかけては優雅な輪郭が描けているか。女体のモデルならば神から授かった欠けるところのない我が身があるが、あいにくと、理想の基準に近づけるには痩せぎすで、少々ながら材料が不足している。骨の浮きあがりそうな身体は、美の基準を見たすビーナスには決してなれない。理科質の標本か、古代博物館にある女のミイラを描くには申し分なかろうが。

さて、何人もの美少女のパーツを観察し取捨選択した最良の部分のみを組み立てて、縫い合わせて袋にした薄い皮の裏に綿を詰めこんでぬいぐるみを仕上げていくようにして、陰影をつける。それだけでは足りず、尾を持ち上げて求愛する小鳥のように、ひと昔前の男の劣情を掻き立てるような金髪のマドンナよろしく、スカートの裾をふわりと上げて尻を突き出してみせる。ほんとうにこんな歩き方をしていた娘がいたならば、甘えた猫のように媚びているというよりも、骨盤の障害かなにかかとほとほと心配したくもなるが、私の生み出すキャラクターにおいて、それは一種のスタイルなのだ。どれも同じ顔、どれも首をとっかえたような人形のような木偶の坊よ、と口さがない連中はさかんに誹るが、よく見てほしい。愛らしいポーズをとらせているのは、私が愛すべきキャラクターだけだ。自作の筋書きには満足してはいないが、その絵には絶対の自信がある。私が生み出した存在は、私が美しく生んでやったのだ。だからこそ、創造主たる私にだけひざまずけばいいのだ。

その彼女は必要もないのにひたすら頭を下げていたが、私の視線に絡めとられていたことに気づき、水呑み鳥のようなこっけいな首振り運動をやめた。射すくめるような私のまなざしに耐えきれなくて、まるでこの世界で観察したいものが地面を這う勤勉な蟻の行列でしかないように、ひたすらうつむいていた。しばらくすると、柔らかそうな唇にGの字型に曲げた人さし指をあてがって、すまなそうな顔を添えた。

「あの…ほんとにお怪我ないですか? わたし、その、…よく前見ないで歩いて、ひとの背中にぶつかることよくあるし…痛かったですか?」
「…ドジで泣き虫で、いつも卑屈で、男の子に護ってもらいたい甘えん坊」

私の脳は視界に映った少女に、すぐさま判定をくだした。
これはだめだ。私の求めている対象じゃない。表情が甘すぎる。血色はいいが、桃の皮みたいにほてった頬がなんとも幼い。涙流させたら,出来の悪い砂糖菓子みたいに、顔のパーツがいっぺんに崩れてしまいそうだ。女の面の皮は落雁みたいに引き締まっていて、りんご飴の表面のようになめらかなのがちょうどいい。

なにより悪いのがその声だった。
調子の外れたか細いピアノの声。鍵盤の叩き方をまちがえて、やたらと甲高く跳ねあがっているかと思えば、妙にうらぶれたように弱々しくなりもする声。

「え…っ?」

少女がふしぎそうな顔をして、誘うように唇をすこし開けていた。
そんなしおらしい顔をしてみせても、だめ。君はパスなんだ。さっきの私の言葉を忘れたようなふりをして、少女ははにかんだ微笑みを浮かべた。あからさまに剣呑とした雰囲気の相手を前にこの微笑。こちらが不機嫌に傾いた顔をしているのに、薄い笑いを浮かべている少女には、謝罪と笑顔だけで難局をのりきってきたような、なんとも未熟でしみったれた会話術がうかがえた。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」






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