いや、ほんとうにどうしてそんなことを口走ってしまったのだろうか。
リリアン女学園のことなんて。まるで、聖の口から過去を引きずり出そうとしているみたいだ。だめだめ、そうじゃない。今はあの久保琹さんとのことは、一時保留だ。
「どうしてって、そのね…図書館の司書さんで出身者がいるのよ。体育館の裏側に、それはみごとな桜並木があるって」
とっさについた嘘だが、あながちまちがいではない。
リリアン女学園の体育館の裏側に目にも絢な桜並木があることを教えてくれたのは、リリアンOGではないあの築山みりんだった。
「なぁんだ、そっか。そうだよねぇ」
聖は頭を掻いて、あぐらを組んだ足をさかんに揺すぶっていた。
聖からほど遠い人物を設定したのがよかったのだろうか。もし、それが池上弓子であったならば、景はまたしても、入院中の彼女の容態について思い馳せ、かつ、その過去の痛切についても頭を悩まさねばなるまい。
「そこに行くわけないよ。こないだ卒業式で見てきたばっかだしさ」
「私だって困るわ、部外者なんだから入りづらいし」
景はあくまでリリアン女学園になど興味がないそぶりをした。
そう、聖の過去を探っているなどと気取られてはならないのだ。ぜったいに。それを知られたら、この人は自分から遠ざかっていってしまうだろう。景にはそんな確信があった。
「部外者じゃなくても、あそこは居づらいよ。もう卒業した身の上だからね」
佐藤聖がしんみりとした物言いでつぶやいた、その言葉に含まれるいわく言いがたい深い哀しみを、景は知る由もなかった。景の頭はある疑問をぶつけることばかりで躍起になっていたのだから。
「あのね、それより、浅生メイさんはいまどうしているの?」
「メイが? どうしてそんなことを?」
「ううん。ただね、気になっただけなの。彼女、いまどうしてるのかなって? 私、てっきり聖さんと春休み旅行にでも出かけたんじゃないかと思っていたのに」
「…さあ、どうだかね。最近連絡とってないし。誰かとデートでもしてるんじゃないかな」
「ふぅん、そうなの…」
ふてくされたように言い放った聖は、もはや自分のやらねばならないことに気持ちを傾けていた。
景はそんな聖の熱心な横顔を見つめつつも、胸にわきあがる不安の渦をどうにも打ち消すことができそうになった。
築山みりんが告げたあの恐ろしい事実が胸に突き刺さったままだ──「彼が愛しているのは、妹の久保琹だけ。でもその妹がいないでしょう。だから、同じ年ごろの女の子を漁っているのよ。今はリリアン女子大生の子と付き合っているわ。その子の名前はね──浅生メイというの。貴女と響きが似てるわよね。だから気をつけなさい…──」
そのとき、なぜか。
景の頭に浮かんだのは、バスに乗り合わせたトクガワさんだった。佐藤聖のレポートの代筆者がやはりあの子なのだとしたら…? そして、はたして、聖のレポートが皆目しあがらないのはなぜなのだろうか? 聖は片付けられない課題を抱えて、困ったふうをしながら、それを存分に楽しんでもいるようにも見えたのだから──。
【第八部につづく】
【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】