子どもの頃、読んでいたある少女漫画家のコミックのあとがき漫画で、買い置きをしても忘れてしまうので家に同じ本が十冊以上ある、というひとコマがあって笑ったことがあります。プロの漫画家さんなので、自分が買っても、誰かから献本されることもあるだろうし、アシスタントさんに読ませる用に仕事場に置いてある場合もあるだろうと思っていました。忙しければ、購入したことすら忘れてしまうでしょうし。
しかし、職業病めいたものではなく、中には意図的に複数買いをしてしまう猛者もいます。
インターネットでそれを見かけるようになったのは数年前ぐらいでしょうか。アニメのDVDや原作コミックスを一点は自宅観賞用、二点目は保存用(神棚に祀る?!)、三点目は布教用に友人に貸し出すという人もいます。自分が好きなある作品の有名なファンブログでは、最新の原作漫画が連載されている雑誌が、何十冊も並べられた写真がアップされていて度肝を抜かれたことがあります。いまや、ファン活動もAKB並みのアイドル商法なのでしょうか。
私は原則として、同じものを二点以上購入することはまずありません。
あるとしたら、現在の蔵本が傷んで読めなくなったときか、文庫版を買ったので単行本を処分したいときか、ぐらい。理由は本の置き場所に困るから、そして同作者の同タイトルで版が異なるものを所有すれば、再読するときに混乱するからです。ある一部の作品だけが読みたくてしぶしぶ買った作家の文学全集の特定巻も、該当作品だけ文庫で買うことになったら手放すようにしています。古すぎてかさばる本で本棚を占領されたくないからです。研究者の方で、たとえば、同じ作家作品の翻訳を読み比べるために複数揃える方などもいるようですが、広く浅く知識を得たい一般人なら同じもの、似たようなものを何点も置いておく必要はないように感じます。
この複数買いを敢えて促した出版社がありました。
企業批判になるので控えますが、アニメ化されたある大ヒット作品の続編漫画が刊行されたあの有名出版社。私も好きな作品が多い、あの出版社。中身は変わらないのに、カバーイラストだけが異なる別バージョンを販売し、すこし値段を上げて全編フルカラーをあとから出版したりする。たしかに売上は良かったようですが…。
読者の複数買いを当てにするのは、危険もはらんでいます。
企業が主要取引先を二、三社に絞っていたら、相手方が倒産して、もしくは契約を打ち切られて途方にくれてしまうのと同じで。急激に発行部数が増えたものは、購入者に飽きられたら急激に売上を失うことを意味します。事実、上述の漫画作品は別の派生コミカライズ作品の連載がストップしてしまったり、長期連載で完結したもののシリーズ初期の勢いを失ってしまったりしたものもあります。そうなると、お金をつぎ込んだひとほど冷めるのも早いというもの。私も最近、ある人気作の最終巻を買いましたが、通常版が発行部数少なかったのか、すでに売切れ。しかたなく、ポスターのついた割高版を買いました。しかし、描かれた漫画家さんが長期連載で心身消耗したのだろうことが如実に伺えるぐらい初期よりも画質が落ちていて、なんとなくやるせない思いに駆られたものです。読者にとりましては、原稿を落とさず、毎月連載が読めただけでもありがたいものではありますが。フルカラー版も割高で別売されていましたが、全頁カラー入稿は、かなり大変だったのでしょうね。
読者が作家応援のつもりで複数買いするのは構わないが、出版社側がそれに甘えて射幸心をあおって強制するのはいかがなものか、と思わざるを得ません。
手っ取り早く利益を得るために、質の悪いものを量産しつづければ、作家が他に挑戦したい機会を奪うことにもなりかねませんし。もし、作家さんを応援したいというのならば、その作家さんの過去作を買えばいいでしょうし、面白ければファンが好意的なレヴューをネット上で公開したほうが購買層の拡大につながるような気もします。ある特定の話題作だけでなくて、あまり注目されないような作品にも読者の声があったりすれば、作家さん冥利に尽きると思うし、創作意欲の上昇にもつながるのではないでしょうか。読者にしても、その作品に貢いだ額で愛情度を競いあうということもなくなりますし。書籍の国内市場が急速にしぼんでいる以上、信頼を損なうような商習慣には懸念があります。
複数買いを煽った反動なのか、新刊発売から一年もすれば古書店などで大量に同じコミックスが並べられていたりもします。そうなると、どうせ価格が下がってからでいいやという人も一定数はいるので、新刊で買う人が減ります。書店へ卸した時点で出版社にマージンが入るのでそれでいいかもしれませんが、資源の無駄のように思えなくもありません。古書店だったらコミックスが立ち読みし放題にされていますしね…。
批判めいたことを書きましたが、お知り合いに贈呈するならば、複数買いもアリです。
貸した本が戻ってこなかった、もしくは、汚損されたという哀しい経験があると、そうしたくもなります。また資格試験の勉強で、過去問や演習問題集を何回もやりこむために、あえて二冊買いしている人もいるようです。あくまで私的複製用として、電子データ化してスマホにとりこんで読んでいるけれど、保存用に書籍でもう一冊欲しいひともいるでしょうし。
消費税増税を前に、もろもろの食料品がのきなみ値上がりしていますけれど、書籍もやはりお値段が上がるのかもしれないですね。
読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。