祥子さまとの初めての出会いを思い返してみることで、祐巳は今更ながら姉妹(スール)の儀式に囚われすぎていたのだと反省する。そして瞳子ちゃんに拒まれてはじめて、ロザリオを断ったときの祥子さまの痛みが理解できたのだった。
心ここにあらずといったふうで、流し台で手をぬるま湯に浸していた祐巳は、流したかったのだ。自分の手が考えなしに瞳子ちゃんの前にロザリオを突き出したあやまちを。
流しの脇の戸棚には、使われなくなって久しいティーカップが置いてあった。
お手伝いに来てくれていた彼女が残していったものだった。そのカップは有名な雑貨店に売ってあるもので、祐巳も自宅で愛用していたので話題にしたのだった――「私もそれ、持ってるよ。うっかり、使わないようにしないとね」。
瞳子ちゃんは、なぜだか照れくさそうに苦笑いしていた。
図ったわけでもないのに、リボンの色がお揃いになる日も増えたような気がした。最初はひどく悔し気に拗ねていたのに、こちらのツインテールをみて微笑み交わしてみたりする。祥子さまを介して、ふたりは姉妹のようにつながっている。そう思っていた──けれど、それは祐巳の勝手な親近感だったのだろうか。
姉妹の契りさえ結んでしまえば、あの子の絶望を救うことができる。
祐巳は単純にそう考えていた。柏木さんへの屈折した想いと小笠原家の跡取り娘としての重責に苦しむ祥子さまの真実を知ったとき、自らロザリオを要求しさえしたのだから。妹にする、というのは彼女のこころを導くことであった。
けれど、相手の窮地に乗じて救世主(メシア)ぶるなんておこがましい。
本当は瞳子ちゃんの心の隙にかこつけて、妹をつくるという、リリアンの伝統的課題を手早くやり過ごしたかっただけかもしれない。それは、とんでもなく彼女に失礼なことだ。助けを求めていたのは瞳子ちゃんじゃなくて、祐巳の側になるのだから。
はじめにロザリオありき。
二人の気持ちは後からついてくる。だから、さっさとカタチだけでも繕いなさい。
祥子さまと祐巳との姉妹関係はそんなふうに始まったものだから、少しでも祥子さまの理解しがたい部分が表われると、自分が見捨てられたのだといつも怯えていた。
祐巳の知らない場所で、生まれた時から祥子さまと長く時間を過ごしてきた瞳子ちゃんの登場には、いちばん心が揺れた。憎悪に近い感情すら湧いた。あの子さえいなければ――という呪わしい気持ちを。明日にも祥子さまからロザリオの返還を求められるかもしれないと、心の底まで泥塗れにしてしまったこともある。
ロザリオが心の扉を開く鍵──祐巳は頑なにそう信じていた。
けれど、それはただの首飾りにすぎない。
相手が胸のうちを開けるには、真心からの言葉掛けと思いやりに満ちた態度が必要で。
ロザリオに頼って、言い換えればスール制度に縒りかかって、相手の気持ちを拘束しては駄目。心をしっかりと繋げる努力を怠っていてはならないのだ。
【目次】マリア様がみてる二次創作小説「ままならない貴女を開く鍵」