陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

山本兼一の小説『花鳥の夢』

2014-07-31 | 読書論・出版・本と雑誌の感想


小説『花鳥の夢』は、2013年に亡くなった直木賞作家・山本兼一の歴史小説。桃山の天才絵師・狩野永徳の半生を高い美意識で描いています。この著者といえば、映画化された『利休にたずねよ』や『火天の城』が知られていますが、同じ織豊政権時代ですので、もちろん、脇を固める人物としても顔出しします。

『火天の城』は織田信長が築いた伝説の名城安土城の築城に携わった棟梁親子のお話でした。その終盤で、城内に描かれたという狩野永徳直筆の襖絵についての、なんとも筆舌に尽くしがたい瀟酒な描写があります。その場面を読んで鳥肌が立った私は、いっぺんにこの作家のファンになりました。安土城炎上とともに失われたはずの幻の大作を、まるで目の当たりにしたように再現せしめた、この作家はいったい何物なのか。驚きを禁じえませんでした。そして、いつか、狩野永徳そのものについて小説にするのではないか、そうあってほしい、と願っていたものです。
私がこの映画を観たのは2011年ですが、本作が雑誌に掲載されたのは2009年11月から。すでにかなり前から構想はあったのでしょう。

花鳥の夢
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京都の名門絵師の後継ぎとして生まれ、祖父譲りの画才ですでに頭角を現した永徳の少年期から、物語ははじまります。非凡にして才気活発な若者には、先代からの画法を汲々として保持し、型にはまった表現ばかりをくりかえしている父の松栄が歯がゆくてなりません。そんな折、永徳は胸をはっしと衝かれるような生き生きとした緋連雀の絵に出逢います。

緋連雀は「悲恋」であり、鳥はいわゆる「比翼連理」に掛けているのでしょう。
その絵の描き手は凛とした女であり、永徳は淡い恋心とともに創作の引き金を得ます。しかし、それは狩野永徳終生のライバルともいうべき、あの長谷川等伯との因縁を呼び寄せるものでした。

ただし、この女絵師の存在自体は虚構であるためか、話運びとしてはさして大きな意味を持ってはいません。物語の中心にあるのは、つねに永徳の絵師としての懊悩。百人の弟子を抱える画家集団の筆頭としての,リーダーとしての責任。そこでは一門を食わせていく為に、どんな仕事でも納期までに請け負い、そしてどのような権力者の意向にも逆らわない処世術が必要とされる。永徳には自分の個性を発揮したい、自分の筆一本でこの世界のすべてを描きたいという尊大な欲望があります。しかし、プロフェッショナルの仕事としては、そんな我がままは許されない。彼が愚直で凡才と呼ぶ父親ですら、狩野の名のもとにみずからを殺して生きている。そんな葛藤があります。

さらには北陸の田舎絵師でありながら京の町で、庶民感覚の新しい絵を発表し話題をさらっている長谷川等伯の存在。うまい、すばらしい、とは思いつつ、ぜったいにそれを本人の前では口にしない。誇りがあるゆえにそれを揺るさない。矜持があり天才であるがゆえに、肩の荷を下ろせない。しかも、そんな自分を愚かであると永徳自身が気づいている。それでも画業に邁進していく永徳は、その孤高と完璧主義者、ストイックさゆえになおさら憐れみを誘う。突然、糸が切れたように終わるその生涯を知っているだけに。

著者が実際の画家に取材した成果として、画家がどのように構想を練り、画題に悩み、構図や彩色に苦心し、線ひとつとっても疎かにしない、という画家らしい生き様が迫真を持って描き取られています。これは安倍龍太郎版の『等伯』には不足していた点でしたので、ひじょうに満足でした。この著者は文献を調べあげて調べたことを聞きかじったように書き付けたのでなく、実際に絵に多く接して、描き手と対話してその境地を巧みに読みとったのではないだろうか、と。画家の目線というものを丹念に追っており、好感が持てます。

天才画家ともいえども、一顧の自分の欲するところに悩む人間。
注文主の難癖に胃を痛め、弟子の稚拙さに辟易しつつも自らの能力で最良のものを生み出そうと身をやつし、自作が戦火にまみれて灰塵と化す空虚さに身悶えする。そんな画家の人生を等身大に描いています。心身疲弊しても、まだ見ぬ傑作に挑みつづけようと筆を擱くことができなかった執念は、まさに死の数時間まえで執筆をやめなかった著者そのものの人生に重なり、悲しくなりました。願わくば、いますこし、この人の作品が読んでみたかったですね。


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能登の田舎絵師、筆一本で天下布武を狙う。桃山時代の異才・長谷川等伯の半生を描いた、安倍龍太郎の直木賞受賞作。苦心作の大長編だが、画家の気迫が伝わりにくい伝記小説。



【画像】
狩野永徳『唐獅子図屏風』(右隻)
1582年頃、六曲一双、紙本金地着色


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