陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

漫画『鍵姫物語 永久アリス輪舞曲』

2023-10-08 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

多様な作風を展開する作家の場合、同じようなキャラデザインはもちろん、テーマにおいても似たような主題がくりかえし表れることがあります。短期間で終わった作品であっても、のちに一世を風靡した代表作の部分がひこばえとして芽生えていたりするものです。

キャラ萌えありき、カップル至上主義のオタクは、ついついあのキャラに似た作品がいて、百合やらBLやらの燃料があるか…という理由で、同作者の作品を探しがちにもなりますが。
純粋にその作家性を掘り起こしてみようという気になって、ときには趣が異なりそうなテイストのものに手を伸ばしてみるのも一興といえましょう。そして、まったくストーリーが違うのだが、キャラの貌も別ものだが、じつは作者が言わんとしていたことは、どれも同じで、その信念に揺るぎはなかったのだと気づかされるのです。

漫画「鍵姫物語 永久アリス輪舞曲(ロンド)」は、神無月の巫女経由で原作者・介錯先生を知った私が、珍しく神無月の巫女関連作以外として買った作品。
第一巻の初版は2004年8月15日刊行で、2006年同日刊行の最終巻までの全四巻。角川系列のメディアワークス社の月刊誌「電撃大王」にて連載されていました。第一巻のコミックス帯によれば、「電撃萌王」でイラストギャラリーの「メルヴェイユ交響曲」が掲載、さらに「電撃帝王」で外伝が掲載されていて、3姉妹誌面上でのタイアップ企画。神無月の巫女よりも優遇されていた出版社企画だったようです。すごいな。

なお、この大英帝国時代を思わせる幻想的なカバーデザインを手掛けたのは、近作の漫画「姫神の巫女」でもおなじみの、デザイナー團夢見さんです。オサレな買いやすい表紙でよかったですね(爆)

この単行本表紙のみならず、終盤をのぞけばほぼ毎回の扉絵もかなり濃密な描き込み風景画(のなかにこっそり人物が配置されている)として成立しており、ストーリーも駆け足気味ではない。完成度の高い作品といえます。雑誌連載時期が、少年ガンガンの「円盤皇女ワるきゅーレ」、少年エース誌の「神無月の巫女」とほぼ重なっていたので、当時は月間連載を3本も抱え、ほぼ毎年アニメ化されるという、著者の全盛期に発表された意欲作でもあります。

この作品、2006年1月から3月のワンクールで深夜アニメとして放映されており(制作元はトライネットエンタテイメント)、声優陣にはのちに芸術選奨受賞者となる国民的アイドル声優の水樹奈々さんはじめ豪華なキャストが集結。キャラソンも発売されているし、アリス能力者たちのデザインも公募され、漫画家やイラストレイターの卵たちを世に送るきっかけともなった、という。かなり革新的な試みのあった作品でもありました。アリス能力者のデザイン協力者はコミックス巻末にクレジットされています。著作者が一介のクリエイターじゃなくて、プロデューサー的な立ち位置を示したともえいます。

2006年当時のその深夜アニメ、一部はちら観したことがあったのですが。
あまり内容を深く覚えておりませんで。ウィキペディア調べだと、原作と異なる展開があったようですね。

以下レヴューにあたり、若干のネタバレがあります。未読の方は要注意。

***

中学二年生の桐原有人(きりはらあると)は、両親と離れて、一歳年下の妹きらはと二人暮らし。
アリスの物語をこよなく愛する少年は、その二次創作をこっそりするのが趣味。ある月夜、自分が夢見たアリスそのものである女の子・有栖川ありすを追いかけ、不思議空間(メルヴェイユ・スペース)に迷い込む。そこは、心の中の物語をめぐって少女たちが熱戦をくりひろげる場所だった。決闘者である彼女たちは「アリス能力者」と呼ばれ、相手の心の物語を収集すれば、いつか、幻の第三の「アリスの書」が読めるようになり、さらに自分の願いも叶えられるという。ありすに戦闘への協力を請われた有人は、同じくアリス能力者だった妹とともに不思議の世界と現実とを行き来することになるが──…。

ありていに言ってしまえば、主人公少年と、お兄ちゃんラブの妹、そして少年が岡惚れする謎の美少女、との三角関係。
のみならず。そこに少年の、心の中の物語を複写できる能力に惹かれて共同戦線をはる、才媛のグラマラスな先輩だとか、野心ありありな女性作家だとかも絡んできて、90年代からゼロ年代に流行った、主人公が総受けのハーレム漫画の形式はあります。ありますが、きらはの親友キサちゃんや、敵方にあるはずのアリス能力者たちのあいだの百合関係などなど、脇キャラもなかなか強烈な愛情パワーが凄まじい。

最初は卑怯な作戦で相手の心の物語を奪っていたありす。
しかし、有人との交流を通じてその正義漢や純情さに改心し、また過剰なスキンシップを求めて困らせる妹きらはにも、親しみを感じるように。
アリス能力者の謎解きをしたい研究者然とした先輩キリカも加わって、同盟を結んだ彼ら彼女ら。やがてアリスバトルロワイヤルを続けるうちに、図書館の司書官であるリデルと、その主たるアリスマスターを名乗る男と遭遇。幻のアリスの書を読みたい一心の有人、自分の願いのために画策するアリス能力者たち。その戦いは敵味方入り乱れ、やがて仕組まれた真の目的があきらかになります。そして彼女たちの戦いも熾烈を極め…──。

この作品の素地にあるのは、美少女戦士セーラームーン第四期のブラックムーン編や、少女革命ウテナ、あるいはカードキャプターさくらのような、90年代からブームになった、女の子同士が自分の信念のために戦いあう多人数美少女バトルもの。書物というモチーフでいえば、魔法少女リリカルなのはAsの闇の書もあてはまるかもしれない。あるいは少女たちの空想力や傷つきやすさが養分になるといわれたら、魔法少女まどか☆マギカを想起する人もいるでしょう。「人魚姫」やら「シンデレラ」やら「赤ずきんちゃん」やらの童話がアリス能力者のモチーフになってるというのも、これまでのファンタジーものと共通性がありそうですね。

ただし、いわゆるセカイ系といわれるほどの、主人公たちが世界崩壊の危機に立ち向かう大きな物語ではない。敗れても現実界から消滅するわけではないようです。でも、なんとなく、アリス能力者らの負ったものが重い。魔法ものっぽいアイテムも能力もあるが、そのパワーの駆使が物語のキーとなるわけでもない。おそらく、そうした少年漫画にありがちな本格的なバトルファンタジー期待したら物足りなくなるものではあるでしょう。その昔にありがちな、やり尽くされた感のある、ドッキリどきどきなお色気お約束展開もあったりもする。けれど──。

この漫画はまぎれもなく、読んだもののの心にくさびを打ち込む要素があります。全員がというわけではないけれども。
すくなくとも、私はそうでした。何度読んでみても。ちょっと子どもっぽい少年少女たちに困り顔をしつつも憎めない。喪失を味わって慰められる相手が本の中にしかいなかった。趣味に好きな人を奪われてしまって、嫉妬から、あるいはちょっとしたいたずら心から、とんでもない過ちを犯してしまった。自分の夢を叶えるために手段を択ばなかったあまりに、望まない道に辿り着いてしまった者。禁断の愛を寄せるものの、相手の幸福を願うだけで幸せだと言い切れる控えめな親愛。創作意欲が萎えた主に寄り添いながらも、どこか冷めた批判を浴びせている秘書的なクールビューティ―、時間を巻き戻せる能力者、などなど。

いろいろとしちめんどくさい女の子たちが描かれて、彼女たちと出会った主人公少年。
やがて自分が憧れるアリスの物語の原作者タキオン(「不思議の国のアリス」のルイス・キャロルをモデルにしているが、オマージュというわけではない)と対峙し、物語の作者とはどうあるべきか、読書は人の生き様に何をもたらすのか、人としての関わりの尊さとはなにか、という根源的な問いに向き合うことになります。

また、アリスフリークとして戦友でもあり、また初恋の人でもあったありす本人の、正体もあきらかになります。彼女が他人の心の中の物語を読みたがったのはなぜなのか。そして一見バイタリティ溢れる元気な少女でありながら、過去の記憶がないからっぽな自分であることに気付き、強烈な不安に襲われる。自己のアイデンティティが揺るぎかねないような。こうした懐疑は思春期のみならず、誰にでも起こりやすいもので、自分が何かを好きであったその気持ちや行動力が、じつは「自分のものではない」「誰かに操られたもの」と思い知らされることって、ヲタク気質のひとにとってはかなりショックなことではないでしょうか。

私はこの作品を一度読み、細部を忘れた数年おきに読み返していますが。
ちょうど今回は精神的なダメージが大きかった時期に現実逃避として開いたところに、勇気をもらえるような救いの言葉があったりもして、いささか気持ちが軽くなりました。まあ、少々いかがわしい表現があったりもしても、そこは息抜きといいますかご愛敬。だって、それが介錯節だもの。

最終的に、有人のとった選択は、物語を愛するけどもそこには囚われない一歩オトナになった地点に達したものとして好ましいものといえるでしょう。
二次創作(ファンジン)はなんのために行うのか。親しい仲間たちと楽しい気分を共有したくて、身近な誰かの夢や妄想を応援したくて手がけるもの。あるいはただ自分の慰撫のためにこっそりとした秘め事ととしても。そこに社会的な賞賛や評価、プロフェッショナルの矜持とは異なった、ただ想像力をふくらませて創造する喜びがあるだけで、そんな少年だからこそ、ゆがんだ心の世界の戦いに縛られた少女たちを救い、解き放つことができたともいえるのでしょう。不思議空間に引きこもりになった、創造主然としたあの作家をただ名乗るだけの人物とは対照的に。

なお、原作者の介錯先生はアニメ化に際してのインタビューで、心の中の物語とはいわゆる「トラウマ」のことで、秘められた傷口をもった人間が扉をひらき、通い合う闇の世界、それこそが「不思議空間(メルヴェイユスペース)」なのだと言及しています。フロイト心理学でいう、集団的無意識とか、抑圧された内面の自己(エゴ)とかで言いかえるような、そんな閉じられた異次元。
少女革命ウテナでも、特別に選ばれた者だけに薔薇の刻印が押された招待状が届き、決闘広場へ招かれます。あの作品は小難しい類推(アナロジー)が多いのですけども、この説明で腑に落ちた気がしました。キャラクターたちは魅力的だが、何がしかの癖のある想い出を抱えていたりする。そんなゆがんだ闇にとらわれた者たちがふらりと迷い込んで集っている場所、それはまさにゲームオタクが集うオンラインゲームであったり、同好の士がわいわい賑わって論戦をぶつけあうチャットや、その時代は登場していなかった現在隆盛のSNSであったりするのかもしれませんね。その場所をいつか卒業せねばならなくなるときがくる。

本作での不思議空間は、あくまでも一過性の場所で、主人公たちが闇から解放されたらもはや足を踏み入れない場所。しかし、現実とは隔てられながらも実の姿そのままで認識される世界でもあり、いわゆる仮面の、変身ファンタジーものとは様相が異なるしくみです。
そうした非日常の逃げ場があったほうが救いなのか、そのぬばたまに一時期はまるはいいがいずれ脱け出せるほうが幸せなのか。どちらなのか。けれども、いっとき、こころが押しつぶされそうになった時に聖書のように開きたくなる物語というのも、あるいは、不思議空間そのものといえそうで。読者のこころを温めるために、時にはいじわるに毒を刺すこともありうる、架空の世界を生む作家だとて、巣にぶらさがりつづける蜘蛛さながらに、その世界に閉じ込められてしまう。そんな哀しさがわかってしまう、ひじょうに示唆に富んだ作品であったといえるでしょう。

私が特にお気に入りなのは、天才女子高生と自他ともに認めるキリカ先輩が、自分の願いはすでに叶っていたのだと、あるキャラと相討ちして気づく場面です。
傷口を見せられない私たちは、けっきょく、世の中に小突き回され、とばっちりのように憎悪を浴びせて戦いながら、自分の魂を浄化させていくしかない。彼女はのちの「京四郎と永遠の空」に出てくる綾小路ミカの原形なのかもしれませんね。ミカよりは救いがあるかたちで報われるのが、よかったのですけども。小説家の須羽のエピソードは、神無月の巫女のコロナとレーコと被りますよね。

とはいえ、神無月の巫女とは違った意味で、私の印象に残る物語なのでした。
読者としての作品を無邪気に味わったドキドキワクワクできる自分を取り戻し、かつ大人になって、人の心の動きをカタチにする作業の深みと怖さとが同居した、複雑な気分を味わわせてくれた。そして、人生に迷ったときに何度も開く物語が手元にある。それこそがまさに、物語を終わらない、閉じられない、永遠のものにしていくことであるという、文化の根源にふれる問いかけを提示しているからなのです。人間がただ食う、寝る、増えるだけでしまいには朽ちるさだめの生きものではない存在理由が、まさに自然物以外のものを、思想をもった、感情に訴えるものをクリエイトする能力に他ならないわけですから。哀しいことに、身近にそれを教えてくれる人がいなければ、私たちは本にそれを学んでしまわねばならない。

最終巻帯のキャッチコピーは──「誰もがもっている自分だけの物語。物語が集まることで一冊の本が誕生する」。胸の内に強烈な物語を秘めたひとは、輝いていて引き込まれるものがある反面、関わるとおぞましい目にも遭ったりする。だから本好きだとか、創作者まがいはやっかいで、孤独を噛みしめることになる。ときには他人の不幸を創作の糧にして糊口をすすぐことだってある。他人と気持ちをわかちあうって、いっしょに生きるって、他者の心の中の物語を覗いて、それを大切に抱きしめてあげる、そんな愛と勇気を持つ人間になれること、なのかもしれませんね。そして美しい物語に描かれた思いやりの理想と、現実の投げやりとのギャップに懊悩してしまう。

主人公がいう「その物語がなければ生きてこれなかったかもしれない」というアリス愛を語り、熱弁をふるう場面は、すべてのオタクが共感する心の叫びであったことでしょう。でも、物語よりも人間を選べ、というのがこの著者の最終的な見解であれば、オタクにとっては実に痛いが生きるための励ましをくれたともいえるのです。好きな物語やらキャラに別れを告げる時が、自分の死ぬまでに訪れないでほしいと願う者にとりましては。

(2022/11/06)


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