のんびり歩こうよ 亀さんみたい

70歳も半ば近くになって、後は神仏の御心のままに。
ゴールはきまっているのだから、のんびりゆったり 日々を大切に。

忘れていたのに…心無い兄家族

2023-10-27 17:32:54 | 人間関係

もう15年近く前の事で忘れていたはずなのに、

急に嫌な思いが胸を締め付けてきた。

 

母が肺ガンと判り…しかしもう89歳。

ドクターの説明を聞き私達子供達で辛い検査や治療は受けず

在宅で看取ることにしたのです。

母にはガンとは言わず、

「肺炎の悪化で、お医者さんと看護師さんが往診に来てくれるよ」と

住み慣れた家で、庭木や花の見える所に介護ベッドを置き

家族と同じ物を食べる生活をしていた。

私は毎月 3~4日泊まる支度をして母のベッドの下に寝る。

私自身 幾つもの不調を抱えての事なので通院の合間をぬっての訪問です。

私が出向いた時に 兄嫁には自分の用事をして貰い、

母が食べたい物を作る為に 食材を予め買い置きして貰う。

そんな日常を過ごしていた時、

入院していた兄嫁の父親(長野県)が亡くなったとの連絡があったようだ。

兄嫁は三姉妹の長女で、シングルの妹が両親と同居していたが

事あれば、長女として仕切る。

 

兄家族は急いで身支度をして長野へ車を走らせたようだ。

兄嫁が 実家の近くに住む姉夫婦にも、二人で葬儀に来て欲しいと言ったようです。

 

独り残された母から私に電話が来たので急いで支度をして実家に向かったのです。

着替え等は宅急便で翌日着です。

独り残された母の顔は血の気を失っていたが、私の顔を見て落ち着き始めました。

 

3日程して、兄家族が戻ってきました。

30歳後半の甥は帰ってくるなり、テレビにカメラを繋ぎ葬儀の写真をワイドで見始めている。

御坊様が何人来たとか、花輪が何基だったとか・・・は話している。

そこに兄嫁が入って来た。

疲れているのは分かるが 母や私に留守をねぎらう言葉は一言も無い。

 

テレビに映る葬儀の写真・・・ご遺体が炉に入って行くところが映し出していた。

思わず私は 「やめて~」と叫んでしまった。

母は肺がんをモルヒネ服用で緩和しているだけで余命は知れている。

私は 心身共に障害の身で、完治しない事は分かって薬を飲んでいる。

過去には、生きる気力を失い自死行為を経験している。

そんな母と私の 近い将来を暗示するような 火葬での写真に胸が苦しくなった。

 

母は、甥に写真を止めるように静かに諭した。

 

兄嫁は、大事な写真なのよ!と半分怒りを含んだ言葉で遮ったのです。

ところ変われば・・・で、

長野県では火葬場の様子まで写真に残す習慣が有るのかもしれないが

私は耐えきれなかった。

末っ子で、シングルで、貧しい暮らしをしている私を葬儀の知らせは無用と思っての事か?

兄家族が帰宅して、立派な葬儀だった話に盛り上がっているが

母の電話で駆けつけて、母と二人冷蔵庫に入って居る食材で留守を守った事など

どうでも良いような空気だったので、私は荷物を纏めて宅急便に託した。

母がタクシーで帰れと握らせてくれたお金で 自宅迄約1時間の夜道を帰って来た。

悲しかった。

母も私も、皆よりずっと早く 白い棺に入り鉄の扉の炉の中で骨になる事を

労わる心が無いどころか、

家族旅行でもして来たかのように、花が・・・とか、 料理が・・・とかで

盛り上がっている兄家族の 平和さが・・・悲しかった。

 

もうとっくに忘れていたと思っていたのに

ふいに過去の出来事が フラシュバックした。

早く忘れよう。

母はその半年後の深夜安らかに旅立った。穏やかな顔だった。

私は、いつ行くのだろう。

自活できる時間には限りがあるから、

出来る事なら 母の様に 深夜眠ったまま旅立ちたい。

 

 



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