訪問看護ステーションジョジョ(株式会社THS&EK)のご案内

ジョジョは医療ニーズの高い人の訪問看護、療養通所(デイ)老人ホームをしています

ナーシングホーム実績4

2015-01-17 09:41:46 | 有料老人ホーム
どうしたもんだろう・・・・

11月末頃まで生きていれるかどうかと
酸素や、輸液が始まった、お客様だけど
すっかり、お元気になられ
毎日の注射を少し休もうと土日休ませてもらった。

2週土日の輸液を休んだ。いわゆる4回
すると途端に
元気がなくなるんですね。
また再開し元気になり表情も、認知の方も良く
家族の方も「なんだかしっかりして来た」と言われるので

本当は土日くらい休みたい私だが(^^ゞ
今回は「輸液休みましょう」とは言えないでいる。

う~ん。実費が生じて高くなるし
家賃を割り引いてサービスも割り引いている所があるみたいけど・・・
私にはサービスを削るなんて出来ないし
貧乏人の私は家族に正直な料金を請求できず
介護の部分を10回から20回無料奉仕している。

介護さんもきちんと仕事しているのに
それを無料奉仕にされるんだからプライドに傷つくだろうし
申し訳ないし
どうしたもんだろう・・・・

介護度が削られる。
私は今でさえ無料奉仕していているのに・・・
本当にどうしたもんだろう・・・・

人生最後の舞台
悲しい介護はされたくないし、したくない。
どうしたらいいんだろう・・・

中々理解されない精神的ケア

2015-01-15 00:21:04 | 訪問看護
な~ん。変わらんもんに

医師から言われても
訪問看護に否定的だった家族
直前キャンセル等、ごり押しで週1回が月2回になり
そして月1回になって

1ヶ月後
電話がかかった。
「今日来る日じゃ無いけ」
いいえ来週ですけど・・・「・・・じゃ来週でも良いわ」

そして訪問すると対象者の表情が硬く暗い。
訪問を好まない家族だけど
初めの頃に「訪問しなくて良い」と怒鳴られた事があり
少し勇気が必要だったが勇気を出して言う。
本人の辛い表情はほってはおけない。叱られる覚悟して
「訪問が必要だと思う」と話した。

「そうやろ。俺もそう思うがいちゃ。前から具合悪くなっとったが
さすが看護婦さんやね
俺が怒るやろう・・・具合悪なって、薬も良いがにしてよ」

以前は「な~ん。ちゃんと本人が出来るから、あんたら来んで良いちゃ」と訪問拒否だったが

「また来てよ。薬も増えているし具合悪いがいちゃ」

本人は来週も来ると聞いて看護師が帰るのを笑顔になって玄関まで見送りしてくれる。

夜、夫より
「相談あるがいちゃ」と電話が来た。
「明日病院に行こうと思う。表情硬いし・・・」

今晩の対策、頓用薬の服用について説明し明日病院へ行くように話した。。

見事な変わりようだ。
精神的ケアは症状が良くなっても
看護師が介入しているからとは言ってはもらえない事が殆どだけど
電話相談までされ
自分が叱るからと自分の非まで認められた。

この人も虐待と言われて来た人だけど
優しい夫に変わりつつあるようだ。

精神的ケアは目に見えないので本当に理解してもらえないが
病は気からと言われるように
精神的ケアの必要でない人は一人もいない
この夫も寂しかったのだろう。
この夫も精神的に支える必要があると思った。


二人の女性

2015-01-11 19:08:35 | 訪問看護
訪問看護にて

高齢者でない癌末期の女性。
その時が近づいた時
「死ぬ事は仕方がない」と語られた。
今まさに逝く時に・・・穏やかに・・・
残された家族に
「自分の事は心配しないで」と言葉を残し
自分の逢いたい人を呼んで面会される。

高齢者では無い3割負担。
結構な高額になる
家族は
家にいたい本人の気持ちを優先された。
苦しませる事だけはしないでほしいと。

私たちは
どれだけ支えになれたのか疑問だが
終末には家族が1日2回の訪問を希望され
一緒に涙を流した。
泣くなんて
プロでないと言う人もいるだろうけれど

利用者様から看護とは何かを学ぶ事が多い。


テレビの放送で

ALSのまだ若い女性が
同じように語られ
生前に自分のお別れ会を計画してほしいと
いわゆる生前葬であるが
笑顔で自分の仲の良い人に頼んでいる番組を見た。
自分で今まさに死にゆく時に自分の生前葬をプロデュース。
みんなで涙を流しながら笑顔で生前葬を計画実行された。
間もなく入院、翌日亡くなる。
私も泣いていたので良く覚えていないけど
ALSの患者の生き方を知ってもらうために
映像に残されたように言われた気がする。

私は
まあそれなりに、するべき事は終わっているので
いつ死んでも良いのだけど
この二人ほど強くなれないと思う
けど
老後、穏やかに少しだけ綺麗に
そして、この二人の女性のように
笑顔で最期を迎えられたらと思う。

私の死ぬ頃はきっと病院は満杯なので
家で死ぬしかないだろうけど

今は、「家で死ぬ」って、まだまだ難しい






仕事がある事はありがたい

2015-01-10 10:29:26 | 訪問看護
病院勤務時代

30年くらい前になるが、
母子家庭で小さな子供を持ったお母さんが
がん末期で入院していた。
仕事の苦情を言う看護師たちに
「変わってあげようか」と話されてた。

その時、私も同じ境遇だったので
彼女が死んで逝く時は本当に辛かった。

この時、私は
とにかく今、病気だけはしたくない。
仕事がある事に感謝し
仕事は楽しんでします
だから子供たちが大きくなるまで生かしてほしいと
神に祈った。

そして間もなく
私は突発性難聴を繰り返す。(ストレスによるものであったが)
治療を繰り返すうち肝機能障害
治療は出来ないと言われ
そして
医師から「何回も繰り返すのはおかしい。聴神経腫瘍じゃないか」と言われた時、

病気が見つかると
お金が借りれない。だから検査はしない。
死んでも仕方がない。
子供に家は残しておかなければ。

死ぬ覚悟して
子供の為に家を建てた。

あれから30年以上(漫談じゃないけど)。私はピンピンしていて
本当に、ただのストレス性のものだったのだけど

仕事しなければ生きていけないし
仕事はありがたい
仕事をする事で生活が出来る。

仕事が大事か家庭が大事か。
家庭が大事だからこそ仕事が大事・・・
仕事が無ければ生きていけない
私は子供だけ家において夜勤もしていた

今は
子供たちも大きくなったので
何時死んでも良い。

だからこそ今は
仕事を楽しんで

今度は生活のためというより
自分の生きた証として
良い仕事をしたいと思っている。

仕事があると言う事は
生涯を通して
ありがたいものだと思う