芥川・直木賞に選ばれた3作家 どんな人物?
芥川賞・鈴木結生さん 在学先教授「課題の文体、物語のようだった」
『雪の女王と呪いの鏡 神はあなたと共におられる』鬱を消す絵本
原作:Hans Christian Andersen 「雪の女王」
この物語は、悪い魔法使いの作り上げた呪いの鏡から始まりました。この魔法使いというのは、仲間でもいちばんいけない奴で、それこそまがいなしの「悪魔」でした。
さて、ある日のこと、この悪魔は、たいそうなご機嫌でした。というわけは、それは、鏡をいちめん作りあげたからでしたが、その鏡というのが、どんなけっこうな美しいものでも、それに映ると、ほとんど無いも同然に、縮こまってしまう代わりに、くだらない、みっともない様子のものにかぎって、よけいはっきりと、いかにも憎々しく映るという、不思議な性質を持ったものでした。「こりゃおもしろいな。」と、その悪魔は言いました。ここに、誰かが、優しい、慎ましい心を起こしますと、それが鏡には、しかめっつらに映るので、この魔法使の悪魔は、我ながら、こいつはうまい発明だわいと、つい笑いださずには、いられませんでした。
この悪魔は、魔法学校の校長先生でしたが、そこに通っている魔生徒どもは、こんな不思議な鏡があらわれたと、ほうぼう触れ回りました。
さて、この魔法の鏡ができたので、はじめて世界や人間の本当の姿が解るのだと、この連中は吹聴して歩きました。で、ほうぼうへその鏡をもちまわったものですから、とうとうおしまいには、どこの国でも、どんな人でも、その鏡に映し出されると、歪んだ姿を見ない者は、いなくなってしまいました。
こうなると、図にのった悪魔の弟子どもは、天までも昇っていって、天使たちや神さままで、笑い種にしようと思い付きました。すると、鏡はあいかわらず、しかめっつらしながら、激しくぶるぶる震えだしたものですから、ついに悪魔どもの手から、地の上へおちて、何千万、何億万、というのでは足りない、たいへんな数に、細かく砕けて、飛んでしまいました。ところが、これがため、よけい下界の災いになったというわけは、鏡の欠片は、せいぜい砂粒くらいの大きさしかないのが、世界じゅうに飛び散ってしまったからで、これが人間の目にはいると、そのままそこにこびりついてしまいました。すると、その人たちは、なんでも物をまちがってみたり、ものごとの悪いほうだけを見るようになりました。それは、その欠片が、どんな小さなものでも、鏡が持っていた呪いの力を、そのまま、まだ残して持っていたからです。なかにはまた、人の心臓に入ったものがあって、その心臓を、氷の欠片のように、冷たいものにしてしまいました。大きなかけらもあって、めがねに用いられたものもありましたが、このめがねをかけて、物を正しく、間違いのないように見ようとすると、とんだ騒ぎが起こりました。悪魔はこんなことを、たいへんおもしろがって、おなかをゆすぶって、くすぐったがって、嗤い転げました。
大勢の人々が住んでいる大きな町に、誰もが庭のない狭いアパートメントに暮らしていました。そういう町に、ふたりの貧しい子どもが住んでいて、そのふたりの子どもは、兄さんでも妹でもありませんでしたが、まるで本当の兄妹のように、仲よくしていました。
男の子はカイ、女の子はゲルダといいました。
冬になると、窓はどうかすると、まるっきり凍りついてしまいました。
「雪の女王さまは、うちのなかへもはいってこられるかしら。」と、ゲルダがたずねました。
「くるといいな。そうすれば、ぼく、それをあたたかいストーブの上にのせてやるよ。すると女王はとろけてしまうだろう。」と、カイが言いました。
その夕方、カイは窓のそばの、椅子の上にあがって、例の小さな覗き穴から、外を眺めました。おもてには、ちらちら、こな雪が舞まっていましたが、そのなかで大きなかたまりがみるみる大きくなって、雪の女王になりました。優しい女の姿はしていましたが、氷の身体をしていました。ぎらぎらひかる氷のからだをして、そのくせ生きているのです。その目は、明るい星をふたつ並べたようでしたが、落ち着きも休みもない目をしていて、カイのいる窓のほうに、肯きながら、手招きしました。
そのあくる日は、からりとした、霜日よりでした。カイとゲルダは、手をとりあって、ばらの花にほおずりして、神さまの、みひかりのかがやく、お日さまをながめて、幼子イエスが、そこに、おいでになるかのように、うたいかけました。なんという、楽しい夏の日だったでしょう。
ちょうどそのとき、カイは、ふと、
「あっ!なにかちくりと胸に刺さったよ。それから、目にも何か飛び込んだようだ。」と、言いました。カイの目にはいったのは、例の呪いの鏡から、飛び散った欠片でした。可哀そうに、カイは、心臓に、欠片がひとつ入ってしまいましたから、まもなく、それは氷の塊のように、なるでしょう。
カイの目のなかに入った鏡の欠片や、心臓の奥深く刺さった、鏡の欠片のさせることでした。それからのカイは、真心を捧げて兄のように慕ってくれるゲルダまでも、苛め抜きました。
その後まもなく、カイはそりをかついで、やってきました。そしてゲルダにむかって、
「ぼく、ひろばのほうへいってほかのこどもたちのあそんでいる」と、そのまま行ってしまいました。とうとうそりは町の門のそとに、出てしまいました。そのとき、雪が、ひどくふってきたその時、雪の女王があらわれました。女王は、カイをじぶんのそりにいれて、かたわらにすわらせ、カイのからだに、その毛皮をかけてやりました。するとカイは、まるで雪のふきつもったなかに、うずめられたように感じました。雪の女王は、カイにほおずりしました。それで、カイは、もう、かわいらしいゲルダのことも、なにもかも、すっかり忘れてしまいました。
女王はカイを連れて、高く飛びました。高い黒雲の上までも、飛んで行きました。ながいながい冬の夜じゅう、カイは女王の足もとで眠りました。
ところで、カイが、あれなりかえってこなかったとき、あの女の子のゲルダは、どうしたでしょう。ゲルダは、ひとりぼっちで、もうながいあいだ、胸の破れるほどに泣きました。みんなの噂では、カイは町のすぐそばを流れている川におちて、溺れてしまったのだろうと言うことでした。ああ、まったくながいながい、憂鬱な冬でした。
いま、春はまた、あたたかいお日さまの光とつれだってやってきました。
ある朝、「川へおりていって、カイちゃんのことをきいてみましょう。」とゲルダは、考えました。そして、葦の茂みに浮かんでいた小舟にのりました。「この川は、わたしを、カイちゃんのところへ、つれていってくれるのかもしれないわ。」と、ゲルダは考えたのです。
舟は岸から離れて、そのまま、どんどんはやく流れていきました。ゲルダは、たいそうびっくりして、泣き出しました。すると、岸辺の小さな可愛らしいお家のなかから、たいそう年とったおばあさんが出てきました。「やれやれ、かわいそうに。どうしておまえさんは、そんなに大きな波のたつ上を、こんなとおいところまで流れてきたのだね。」と、おばあさんは言いました。
それからおばあさんは、ゲルダの手をとって、じぶんのちいさな家へつれていって、中から戸にかぎをかけました。「わたしは長いあいだ、おまえのような、かわいらしい女の子がほしいとおもっていたのだよ。さあこれから、わたしたちといっしょに、なかよくくらそうね。」と、おばあさんはいいました。おばあさんは、わるい魔女ではありませんでした。
ある日、「あら、このお家のお庭には、薔薇がないわ。」と、ゲルダはさけびました。そして、じぶんの家の薔薇をおもいだし、それといっしょに、カイのこともおもいだしました。
「まあ、あたし、どうして、こんなところにひきとめられていたのかしら。」と、ゲルダは、思い出しました。「ああ、どうしましょう。あたし、こんなにおくれてしまって。」と、ゲルダはいいました。「もうとうに秋になっているのね。さあ、ゆっくりしてはいられないわ。」
そしてゲルダは立ちあがって、ずんずんあるきだしました。まあ、ゲルダのかよわい足は、どんなにいたむし、そして、つかれていたことでしょう。どこも冬がれて、わびしいけしきでした。ああ、なんてこのひろびろした世界は灰色で、薄暗く見えたことでしょう。
ゲルダは、またも、やすまなければなりませんでした。ゲルダがやすんでいた場所の、ちょうどむこうの雪の上で、一わの大きなからすが、ぴょんぴょんやってきて、「このひろい世界で、たったひとりぼっち、どこへいくのだ」とたずねました。この「ひとりぼっち。」ということばを、ゲルダはよくあじわって、しみじみそのことばに、ふかいいみのこもっていることをおもいました。ゲルダはそこでからすに、じぶんの身の上のことをすっかり話してきかせた上、どうかしてカイをみなかったか、たずねました。するとからすは、ひどくまじめにかんがえこんで、こういいました。「あれかもしれない。あれかもしれない。」
それからからすは、しっていることを、話しました。
わたしたちがいまいる国には、たいそうかしこい王女さまがおいでなるのです。ところで、馬にも、馬車にものらないちいさな男の子が、たのしそうにお城のほうへ、あるいていきました。その人の目は、あなたの目のようにかがやいて、りっぱな、長いかみの毛をもっていましたが、着物はぼろぼろにきれていました。」
「それがカイちゃんなのね。ああ、それでは、とうとう、あたし、カイちゃんをみつけたわ。」と、ゲルダはうれしそうにさけんで、手をたたきました。ところが、それはカイちゃんではなかったのです。いまは王子となったその人は、ただ、くびすじのところが、カイちゃんににていただけでした。。でもその王子はわかくて、うつくしい顔をしていました。王女は白いゆりの花ともみえるベッドから、目をぱちくりやって見あげながら、たれがそこにきたのかと、おたずねになりました。そこでゲルダは泣いて、いままでのことや、からすがいろいろにつくしてくれたことなどを、のこらず王子に話しました。
「それは、まあ、かわいそうに。」と、王子と王女とがいいました。
あくる日になると、ゲルダはあたまから、足のさきまで、絹やびろうどの着物でつつまれました。そしてこのままお城にとどまっていて、たのしくくらすようにとすすめられました。
ゲルダはただ、ちいさな馬車と、それをひくうまと、ちいさな一そくの長ぐつがいただきとうございますと、いいました。それでもういちど、ひろい世界へ、カイちゃんをさがしに出ていきたいのです。「さよなら、さよなら。」と、王子と王女がさけびました。するとゲルダは泣きだしました。この上ないかなしいわかれでした。馬車はお日さまのようにかがやきながら、どこまでもはしりつづけました。ゲルダのなかまは、くらい森の中を通っていきました。ところが、馬車の光は、たいまつのようにちらちらしていました。それが、おいはぎどもの目にとまって、がまんがならなくさせました。
「やあ、金だぞ、金だぞ。」と、おいはぎたちはさけんで、いちどにとびだしてきました。馬をおさえて、ぎょしゃ、べっとうから、おさきばらいまでころして、ゲルダを馬車からひきずりおろしました。
「こりゃあ、たいそうふとって、かわいらしいむすめだわい。きっと、年中くるみの実みばかりたべていたのだろう。」と、おいはぎばばがいいました。ながい、こわいひげをはやして、まゆげが、目の上までたれさがったおばあさんでした。「なにしろそっくり、あぶらののった、こひつじというところだが、さあたべたら、どんな味がするかな。」
そういって、おばあさんは、ぴかぴかするナイフをもちだしました。きれそうにひかって、きみのわるいといったらありません。
そのとたん、おばあさんはこえをあげました。その女のせなかにぶらさがっていた、こむすめが、なにしろらんぼうなだだっ子で、おもしろがって、いきなり、母親の耳をかんだのです。
「このあまあ、なにょをする。」と、母親はさけびました。おかげで、ゲルダをころす、はなさきをおられました。
「あの子は、あたいといっしょにあそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あたい、おまえとけんかしないうちは、あんなやつらに、おまえをころさせやしないことよ。おまえはどこかの王女じゃなくて。」と、いいました。
「いいえ、わたしは王女ではありません。」と、ゲルダはこたえて、いままでにあったできごとや、じぶんがどんなに、すきなカイちゃんのことを思っているか、ということなぞを話しました。
「おまえ、ラップランドって、どこにあるのかしってるのかい。」と、むすめは、となかいにたずねました。「わたしほど、それをよくしっているものがございましょうか。」と、目をかがやかしながら、となかいがこたえました。「わたしはそこで生まれて、そだったのです。わたしはそこで、雪の野原を、はしりまわっていました。」
「あたい、おまえがラップランドへ行けるように、つなをほどいてにがしてやろう。けれど、おまえはせっせとはしって、この子を、この子のおともだちのいる、雪の女王のごてんへ、つれていかなければいけないよ。おまえ、この子があたいに話していたこと、きいていたろう。とても大きなこえで話したし、おまえも耳をすまして、きいていたのだから。」
トナカイはよろこんで、高くはねあがりました。とたんに、トナカイは駆け出しました。ひゅっ、ひゅっ、空で、なにか音がしました。それはまるで花火があがったように。
「あれがわたしのなつかしい北極オーロラ光です。」と、トナカイがいいました。
「ごらんなさい。なんてよく、輝いているのでしょう。」
それからトナカイは、ひるも夜も、前よりももっとはやくはしって行きました。
トナカイとゲルダとは、ラップランドにつきました。
ちいさな、そまつなこやの前で、トナカイはとまりました。
その家には、たったひとり年とったラップランドの女がいて、鯨油ランプのそばで、おさかなをやいていました。トナカイはそのおばあさんに、ゲルダのことをすっかり話してきかせました。でも、その前にじぶんのことをまず話しました。トナカイは、じぶんの話のほうが、ゲルダの話よりたいせつだとおもったからでした。
ゲルダはさむさに、ひどくやられていて、口をきくことができませんでした。
「やれやれ、それはかわいそうに。」と、ラップランドの女はいいました。「おまえたちはまだまだ、ずいぶんとおくはしって行かなければならないよ。百マイル以上も北のフィンマルケンのおくふかくはいらなければならないのだよ。雪の女王はそこにいて、まい晩、青い光を出す花火をもやしているのさ。」
「カイって子は、ほんとうに雪の女王のお城にいるのだよ。そして、そこにあるものはなんでも気にいってしまって、世界にこんないいところはないとおもっているんだよ。けれどそれというのも、あれの目のなかには、鏡のかけらがはいっているし、しんぞうのなかにだって、ちいさなかけらがはいっているからなのだよ。だからそんなものを、カイからとりだしてしまわないうちは、あれはけっして真人間になることはできないし、いつまでも雪の女王のいうなりになっていることだろうよ。」
「では、どんなものにも、うちかつことのできる力になるようなものを、ゲルダちゃんにくださるわけにはいかないでしょうか。」トナカイはお願いしました。
「このむすめに、うまれついてもっている力よりも、大きな力をさずけることは、わたしにはできないことなのだよ。まあ、それはおまえさんにも、あのむすめがいまもっている力が、どんなに大きな力だかわかるだろう。ごらん、どんなにして、いろいろと人間やどうぶつが、あのむすめひとりのためにしてやっているか、どんなにして、はだしのくせに、あのむすめがよくもこんなとおくまでやってこられたか。」
「そういうわけで、あのむすめは、わたしたちから、力をえようとしてもだめなのだよ。それはあのむすめの心のなかにあるのだから」
「その秘密の魔法の力は、可愛い無邪気な子どもだというところにあるのだよ。」
「もし、あのむすめが、自分で雪の女王のところへ、でかけていって、カイからガラスのかけらをとりだすことができないようなら、まして、わたしたちの力におよばないことさ。」こういって、フィンランドの女は、ゲルダを、となかいのせなかにのせました。そこで、となかいは、ぜんそくりょくで、はしりだしました。
ゲルダは、いつもの主の祈の「われらの父」をとなえました。
さむさはとてもひどくて、ゲルダはじぶんのつくいきを見ることができました。それは、口からけむりのようにたちのぼりました。そのいきはだんだんこくなって、やがてちいさい、きゃしゃな天使になりました。それが地びたにつくといっしょに、どんどん大きくなりました。天使たちはみな、かしらにはかぶとをいただき、手には楯たてとやりをもっていました。天使の数はだんだんふえるばかりでした。そして、ゲルダが主のおいのりをおわったときには、りっぱな天使軍の一たいが、ゲルダのぐるりをとりまいていました。天使たちはやりをふるって、おそろしい雪のへいたいをうちたおすと、みんなちりぢりになってしまいました。そこでゲルダは、ゆうきをだして、げんきよく進んで行くことができました。天使たちは、ゲルダの手と足とをさすりました。するとゲルダは、前ほどさむさを感じなくなって、雪の女王のお城をめがけていそぎました。
ところで、カイは、あののち、どうしていたでしょう。カイは、まるでゲルダのことなど、おもってはいませんでした。だから、ゲルダが、雪の女王のごてんまできているなんて、どうして、ゆめにもおもわないことでした。
雪の女王のお城は、はげしくふきたまる雪が、そのままかべになり、窓や戸口は、身をきるような風で、できていました。このみずうみのまん中に、お城にいるとき、雪の女王はすわっていました。そしてじぶんは理性の鏡のなかにすわっているのだ、この鏡ほどのものは、世界中さがしてもない、といっていました。
カイはここにいて、さむさのため、まっ青に、というよりは、うす黒くなっていました。それでいて、カイはさむさを感じませんでした。というよりは、雪の女王がせっぷんして、カイのからだから、さむさをすいとってしまったからです。そしてカイのしんぞうは、氷のようになっていました。雪の女王が出掛けると、カイは、たったひとりぼっちで、なんマイルというひろさのある、氷の大広間のなかで、氷の板を見つめて、じっと考えこんでいました。
ちょうどそのとき、ゲルダは大きな門を通って、その大広間にはいってきました。そこには、身をきるような風が、ふきすさんでいましたが、ゲルダが、ゆうべのおいのりをあげると、ねむったように、しずかになってしまいました。そして、ゲルダは、いくつも、いくつも、さむい、がらんとしたひろまをぬけて、とうとう、カイをみつけました。ゲルダは、カイをおぼえていました。で、いきなりカイのくびすじにとびついて、しっかりだきしめながら、
「カイ、すきなカイ。ああ、あたしとうとう、みつけたわ。」と、さけびました。
けれども、カイは身ゆるぎもしずに、じっとしゃちほこばったなり、つめたくなっていました。そこで、ゲルダは、あつい涙を流して泣きました。それはカイのむねの上におちて、しんぞうのなかにまで、しみこんで行きました。そこにたまった氷をとかして、しんぞうの中の、鏡のかけらをなくなしてしまいました。カイは、ゲルダをみました。ゲルダはうたいました。
ばらのはな さきてはちりぬ
おさな子イエス やがてあおがん
すると、カイはわっと泣きだしました。カイが、あまりひどく泣いたものですから、ガラスのとげが、目からぽろりとぬけてでてしまいました。すぐとカイは、ゲルダがわかりました。そして、大よろこびで、こえをあげました。「やあ、ゲルダちゃん、すきなゲルダちゃん。――いままでどこへいってたの、そしてまた、ぼくはどこにいたんだろう。」こういって、カイは、そこらをみまわしました。「ここは、ずいぶんさむいんだなあ。なんて大きくて、がらんとしているんだろうなあ。」ふたりは手をとりあって、その大きなお城からそとへでました。そして、うちのおばあさんの話だの、屋根の上のばらのことなどを、語りあいました。ふたりが行くさきざきには、風もふかず、お日さまの光がかがやきだしました。そして、赤い実みのなった、あの木やぶのあるところにきたとき、そこにもう、トナカイがいて、ふたりをまっていました。
カイとゲルダとは、手をとりあって、あるいていきました。いくほど、そこらが春めいてきて、花がさいて、青葉がしげりました。お寺の鐘かねがきこえて、おなじみの高い塔とうと、大きな町が見えてきました。それこそ、ふたりがすんでいた町でした。そこでふたりは、おばあさまの家の戸口へいって、かいだんをあがって、へやへはいりました。そこではなにもかも、せんとかわっていませんでした。柱どけいが「カッチンカッチン」いって、針がまわっていました。けれど、その戸口をはいるとき、じぶんたちが、いつかもうおとなになっていることに気がつきました。おもての屋根のといの上では、ばらの花がさいて、ひらいた窓から、うちのなかをのぞきこんでいました。そしてそこには、こどものいすがおいてありました。カイとゲルダとは、めいめいのいすにこしをかけて、手をにぎりあいました。ふたりはもう、あの雪の女王のお城のさむい、がらんとした、そうごんなけしきを、ただぼんやりと、おもくるしい夢のようにおもっていました。おばあさまは、神さまの、うららかなお日さまの光をあびながら、「なんじら、もし、おさなごのごとくならずば、天国にいることをえじ。」と、高らかに聖書せいしょの一せつをよんでいました。
カイとゲルダとは、おたがいに、目と目を見あわせました。そして、
ばらのはな さきてはちりぬ
おさな子エスやがてあおがん
というさんび歌のいみが、にわかにはっきりとわかってきました。
こうしてふたりは、からだこそ大きくなっても、やはりこどもで、心だけはこどものままで、そこにこしをかけていました。
ちょうど夏でした。あたたかい、みめぐみあふれる夏でした。
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