今日の天気は小雨でした。

がっ!!!
当然行くさ、ブラっとね。
数年前に放送された大ヒットドラマ「半沢直樹」

(拝借
)
なんと最終回は驚異の42%超えだった。
実は主人公の半沢直樹は金沢出身で地元の有名な飴屋の「じろあめ」が大好物という設定だった。

(拝借
)

(拝借
)
・・・・・・・・・・ということで、
小橋町周辺をブラオイラ
オイラは車を無料で駐車できる場所に置くのさ(キッパリ!
)
東警察署近くのスーパー駐車場に・・・(ゴメンね
)
さて歩くぞ

おっいきなりいい場所。

小橋用水です。
う~んいいね。

用水の暗渠とわかりやすい道である。

当然昔は開渠で生活用水として重要なものだったはず。

旧水車町(みずぐるままち)だ。・・・・復活できなかった町名のひとつである

昔この地で精米、製油用として水車を回していたとある。
おっ、きたきた

はい、「あめの俵屋」です。

創業天保元年

180年以上の歴史を持っています。
中にお客さんが数人おられました。
じろあめ

(拝借
)
実はオイラ、じろあめは苦手
歯にくっついて・・・

オイラ子供の頃、「飴買い幽霊」の場所はここの俵屋が舞台だと思っていた。
(ウィキより)
あるお寺の門前坂の飴(あめ)屋に、毎晩店を閉めようとする時間になると、ひとりの哀しげな女が飴を買いに来るようになりました。
6日目の夜、女は「これで銭がないのです。今夜が最後です。もう来られなくなります」と、寂しそうに一文銭を置いて、店を出て行きました。
主人は不審に思って、こっそり後をつけて行きました。
女はお寺の墓地に入って行くと、埋葬されたばかりの新しい墓の前でふっと消えました。
翌朝、お寺の住職や役人に立ち会ってもらって、墓を掘り返してみると、棺の中で女の亡骸にしっかりと抱かれた元気な男の赤ん坊が飴をしゃぶっていました。
亡くなった妊婦が埋葬後に赤ん坊を産んでいたのです。棺の中に入れておいた六文の銭は使い果たされて無くなっていました。
この赤ん坊はお寺で育てられ、りっぱなお坊さんになったといわれます。
石川県金沢市の道入寺には、道入寺住職となった子どもが旅に訪れた絵かき(円山応挙)に書いてもらった幽霊画がある。住職は幽霊画を母と慕い大切にしたという。
また金沢には他に4件の伝承があり、「あめや坂」という地名も残っている。幽霊が買った飴屋は全て不明。
そして小橋です。

この小さい橋をあなどることなかれ。

藩政時代、小橋は犀川大橋と浅野川大橋とともに金沢の三ツ橋と呼ばれ防衛上の重要な拠点であったとある。(へぇ~
)
このあと主計町に行ったのだが、それは次回報告。

この主計町まで続く川沿いの道がいい感じです。

対岸から見るとこんな感じ

なかなかの景色でしょ
小橋町側を見るとこれまたなかなかいい感じでして、

それにしても、小橋町とはなかなか面白い町です。

全体的に雰囲気もいいし、

目立たない路地裏にいきなりおしゃれなお店が出てきたり、

それでいて、歴史があって、

関助馬場とある。幅24m、長さ300mの調馬場があったという。
石碑の前のこの道はその名残かな。

小橋町ってなんか積極的な町という感じがします。

オイラ小学校の時ソロバンを習っていたのだが、
小学校卒業までにどうしても3級まで取りたかったので、
6年生の夏にこの小橋付近にあったソロバン教室に一度だけバスに乗って日曜特訓に来た記憶がある・・・
(願いましては~♪)
などと昔を思い出して歩いていたら、満員の市内周遊のボンネットバスが横切って行った。


車の停めていた駐車場の近くまで戻ってきた。
浅野神社というなかなかの神社があったので最後に紹介します。

魔去る石(まさるいし)

疫塚

その後ろには意味ありげな結界が。
入らずの森まである?

なかなかのレベルの神社です。
さて帰りましょう。
【ヒゲ親父】
にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村

がっ!!!


数年前に放送された大ヒットドラマ「半沢直樹」

(拝借

なんと最終回は驚異の42%超えだった。

実は主人公の半沢直樹は金沢出身で地元の有名な飴屋の「じろあめ」が大好物という設定だった。

(拝借


(拝借

・・・・・・・・・・ということで、
小橋町周辺をブラオイラ

オイラは車を無料で駐車できる場所に置くのさ(キッパリ!

東警察署近くのスーパー駐車場に・・・(ゴメンね

さて歩くぞ


おっいきなりいい場所。

小橋用水です。
う~んいいね。


用水の暗渠とわかりやすい道である。

当然昔は開渠で生活用水として重要なものだったはず。

旧水車町(みずぐるままち)だ。・・・・復活できなかった町名のひとつである


昔この地で精米、製油用として水車を回していたとある。
おっ、きたきた


はい、「あめの俵屋」です。

創業天保元年

180年以上の歴史を持っています。
中にお客さんが数人おられました。
じろあめ

(拝借

実はオイラ、じろあめは苦手



オイラ子供の頃、「飴買い幽霊」の場所はここの俵屋が舞台だと思っていた。
(ウィキより)
あるお寺の門前坂の飴(あめ)屋に、毎晩店を閉めようとする時間になると、ひとりの哀しげな女が飴を買いに来るようになりました。
6日目の夜、女は「これで銭がないのです。今夜が最後です。もう来られなくなります」と、寂しそうに一文銭を置いて、店を出て行きました。
主人は不審に思って、こっそり後をつけて行きました。
女はお寺の墓地に入って行くと、埋葬されたばかりの新しい墓の前でふっと消えました。
翌朝、お寺の住職や役人に立ち会ってもらって、墓を掘り返してみると、棺の中で女の亡骸にしっかりと抱かれた元気な男の赤ん坊が飴をしゃぶっていました。
亡くなった妊婦が埋葬後に赤ん坊を産んでいたのです。棺の中に入れておいた六文の銭は使い果たされて無くなっていました。
この赤ん坊はお寺で育てられ、りっぱなお坊さんになったといわれます。
石川県金沢市の道入寺には、道入寺住職となった子どもが旅に訪れた絵かき(円山応挙)に書いてもらった幽霊画がある。住職は幽霊画を母と慕い大切にしたという。
また金沢には他に4件の伝承があり、「あめや坂」という地名も残っている。幽霊が買った飴屋は全て不明。
そして小橋です。

この小さい橋をあなどることなかれ。


藩政時代、小橋は犀川大橋と浅野川大橋とともに金沢の三ツ橋と呼ばれ防衛上の重要な拠点であったとある。(へぇ~

このあと主計町に行ったのだが、それは次回報告。

この主計町まで続く川沿いの道がいい感じです。

対岸から見るとこんな感じ

なかなかの景色でしょ

小橋町側を見るとこれまたなかなかいい感じでして、

それにしても、小橋町とはなかなか面白い町です。

全体的に雰囲気もいいし、

目立たない路地裏にいきなりおしゃれなお店が出てきたり、

それでいて、歴史があって、

関助馬場とある。幅24m、長さ300mの調馬場があったという。
石碑の前のこの道はその名残かな。

小橋町ってなんか積極的な町という感じがします。

オイラ小学校の時ソロバンを習っていたのだが、
小学校卒業までにどうしても3級まで取りたかったので、
6年生の夏にこの小橋付近にあったソロバン教室に一度だけバスに乗って日曜特訓に来た記憶がある・・・
(願いましては~♪)
などと昔を思い出して歩いていたら、満員の市内周遊のボンネットバスが横切って行った。


車の停めていた駐車場の近くまで戻ってきた。
浅野神社というなかなかの神社があったので最後に紹介します。

魔去る石(まさるいし)

疫塚

その後ろには意味ありげな結界が。
入らずの森まである?

なかなかのレベルの神社です。
さて帰りましょう。
【ヒゲ親父】


