嫦 娥
雲母の屏風(へいふう) 燭影(しょくえい) 深く
長河 漸(ようや)く 落ちて暁星(ぎょうせい) 沈む
嫦娥(じょうが)は応(まさ)に悔ゆべし 霊薬を偸(ぬす)みしことを
碧海 青天 夜夜の心
この詩は、唐代末期の詩人・李商隠が、古代支那の『嫦娥奔月』という伝説に登場する嫦娥(じょうが)の夫・羿(げい)の想いを綴った詩である。
その伝説とは、天帝には十人の息子たちがいたが、その息子たちが太陽の掟〔交代で1日に1人ずつ地上を照らす役目〕を破り、暴虐無人な振る舞いで地上を暗雲で覆いかぶらせ、多くの民や動植物が苦しめられることになった。そのことを知った天帝は、息子たちを戒めるために、弓の達人であった羿(げい)を地上へと遣わした。
天帝から命を受けた羿(げい)は、妻である嫦娥(じょうが)とともに地上に降り立ち、十人の息子のうち、一人だけを助け、残りの九人の息子たちを殺した。そして再び地上に平安楽土の世が訪れることになった。
しかし、九人の息子を殺されてしまった天帝は、羿(げい)と嫦娥(じょうが)を地上へと追放し、神の存在から人間の存在に降格させてしまったのだ。
地上へと追放され、通常の人間の暮らしを余儀なくされた二人は、歳を重ねていくことに老いていくわが身を嘆き悲しんだ。
そこで羿(げい)は、西方にある崑崙(こんろん)山に住むといわれる西王母に助けを求めた。西王母は羿を不憫に思い、ひとことだけを添えて不老不死の霊薬を与えた。そのひとこととは、「夫婦ふたりで霊薬を飲めば不老不死となるが、ひとりだけで霊薬を飲み干せば神となる。しかし霊薬は、今回与えたもので終いである」と。
ところが嫦娥(じょうが)は、羿(げい)が持ち帰った霊薬を盗み出し、ひとりで飲んで月へ逃げようしたが、その際、有黄という人物に占わせその可否を問うてみた。すると有黄は「吉なり。例え天が暗黒の世をもたらそうとも、なにも恐れることはなく、やがてはこのうえない繁栄がもたらされることになるだろう」と。
それを聞いた嫦娥(じょうが)は遂に月に逃げる覚悟を決めた。そして月に逃げた嫦娥ではあったが、羿(げい)を裏切った罪でヒキガエルの姿になってしまった。〔おわり〕
李商隠が遺した詩には、天帝に裏切られ、妻である嫦娥(じょうが)にまで裏切られた羿(げい)を哀れんでのものであろうが、そこには恨みの心もなく、裏切られてなお妻を愛する羿の気持ちというものが込められている。
「嫦娥(じょうが)は応(まさ)に悔ゆべし 霊薬を偸(ぬす)みしことを 碧海 青天 夜夜の心」
ヒキガエルではあまりに可哀想だとして、せめてウサギに・・・へと変わった嫦娥。
古代支那には、こんな伝説があったんだね
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