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ユーロビジョンソングコンテスト、フランス語で歌われたポップス1966年の続き。
この分野の記事はかなり間が開いてしまった。今年度は余り間が開かないようにアップしようかと思う・・・と毎年書いているように思うが。
1950年代~60年代はシャンソン言い換えればフランス語圏の歌がヨーロッパを覆っていたと言っていいかもしれない。特にこのユーロビジョンソングコンテストでは、フランス語圏の数の多さ(フランス、ルクセンブルグ、ベルギー、モナコ、スイス)もあって優勝や入賞もさることながら、基本的に自国の公用語で歌う中では、舞台上にフランス語の歌が多くなってしまう。このため、前回も書いた通り、フランス語圏の時代を終わらせようと、北欧が団結した、という事態も招いた。
ミッシェル・トールもルクセンブルグからの出場だったが10位に終わっている。まあ、その後の活躍を考えれば、こうしたコンテストは飽くまで「曲」の人気投票なので、こうした事態も可能性としてはいくらでもあるということか。まだデビューして間がないミッシェル・トールだが、すでに大物感が漂っている。