サンチョパンサの憂鬱

些細な事が……人の本質を暴く

フェアネスとか……確固たる矜持とか、プライドとか……ま、美学と総称されるものに含まれる要素は些細なほんの小さな事で本物か贋作か?バレてしまうから不思議である。

肩に力を入れて……『ヒトカドの男』を演っている人が馬脚を現すのは何故か?決まって千円、二千円の支払いの時に試される?のである。

大きなカネ、話となればお互いのチェックは当然、『信義は守る事が出来る』のである。
相手が無頓着、気にもしてない些末な千円、二千円の時に……贋作氏の気はフッと緩むのである。弛んでついつい本性が顔を覗かせるのである。

不思議なのだが……贋作氏は何故か?この千円、二千円を払わないのである。
そんなの特定の人間かな?と思えど……大きな人間と演じている人の中にかなりの比率で贋作氏は存在する。

馬脚はそんな些細な事に暴かれるのである。
些細な些末な小さい事だからバレてしまうって面白いなぁ……と思う。

何故?そんな事が分かったか?一度や二度では分からない。
そんな機会が度重なると……何故か?何時もアイツは払わんよね?となる。

誰かに言われてそうだっけな?と思いつつ、贋作氏の振る舞いが誰かの指摘通りとなれば……それまで気付かなかった振る舞いが胸が悪くなる様な印象を以て見えて来るのである。

その土地成金の知り合いは支払いの度に手をスーツの内ポケットに差し入れる。
しかし彼が実際に財布を引っ張り出したのを誰も見たことがなかった。

一方で彼は当たりが強い相手には何時もタカラレて彼等に媚びる様に奢っていたのである。
『見くびられた側の人間達』は何時の頃からか彼と宴席を伴にしなくなったのだった。

人間は哀しいもんである。

千円、二千円で大切な自分の馬脚を現す。
また……千円、二千円をケチる人間の本性を見付けてしまうのも人間である……なんか哀しいなぁ……。

フェアネスとか基本的な筋道とかは……無意識に作為なしに行われるからほんの小さな事に見事に体現されるのだろう……。

そんな要素は『上手く演る』って種類の能力ではカヴァー出来ない人間の本質を嫌でも暴いてしまうんだなぁ?……と思う。
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