水子供養と アセンションに向けての意識改革ブログ

命の大切さとともに
ライトボディのことや
意識改革 霊的なことについて
かなりディープな内容になります

クリスマスだから出来る、手放しワーク☆

2016-12-24 11:20:47 | スピリチュアル
今日の朝から、気持がモヤモヤしていました。

とても重たい。なんだこれは・・今日はクリスマスイブじゃん・・とか、色々ぐるぐる。




この気持ちを手放すために、寝室に入って瞑想しました。




すると、ある感情が怒涛のように押し寄せてきました。




クリスマスとは、イエスキリストが誕生された記念日です。

今日は、その前日ということですね。




今まで、自分とキリストとは、遠い関係のない人という感覚でしたが、

今年になり、それを覆すような出来事もあり、自分は過去において、キリストを深く信じていたのに、なぜこの世ではこうなのかと。

預言カフェが高田馬場にありますが、そこに行っても、

この間には預言内容はただ一つ。




「あなたはなぜ、わたしを受け入れないのか。」




といった、それだけの内容だったので、不可解なまま、時間は過ぎていったのでした。




前置きが長くなりましたが、さっき、そのタガが外れました。




それは、瞑想中に、感謝の気持ちとともに、あの時、あの過去世において、なぜわたしがキリストを遠ざけてしまったのかが、よくわかったからです。




詳しいことはわかりませんが、とにかく自分は、外国において、修道士だった時代もあり、キリストを信じて祈っていました。

しかし、魔女狩りや宗教的なことにおいて、手を奪われ、不幸になったことについて、自分は、

「キリストを信じていても、決して報われない」

という強い意識とともに、その敬虔なる気持ちを手放してしまったのでしょう。

それは、一回ではありません。何回かの生まれ変わりに、そのつど、祈っていたのに不幸になって死んだと。だから、もう信じても仕方がない。というか、信じることによって、巻き込まれるものがあるのではないかと。




そんなことまで思って、今回はそのキリストとの間に、薄い膜が出来ていた。

その膜のことも、預言カフェで言われました。




でも、この今。この世において、わたしはとっても幸せです。

親、子供、兄弟、家、周りの人々、どれにおいても、感謝しかない。




もう、いいんだよって自分で思いました。

もう、いいじゃないかって。

手を奪われた過去も、迫害された過去も、そのことによって悲しい思いをした過去も、すべて。

キリストが悪いわけではないんです。

その解釈や、それにまつわる後世の人々の在り方、無知、それによってお金儲けをする人々、教会の在り方、すべて、間違っていた。それは愚かだったけど、知らなかっただけ。それにより、人間は、加害者と被害者、ふたつの立場を学びとして味わったり、体験した。それは、そうあっただけで、もう終わったこと。




それをいまだに手に握り、信じられないだの、なんだの言うことより、

この生きている今に心から感謝し、今だけを見て生きる。そして、どんな時にも、キリストに対して心を閉ざしていた今も、キリストは万人にこうして、愛の光を投げかけ続ける。信じる人にも、信じない人にも、無宗教の人にも。




そういうことが塊となって、心に上がってきた時、涙が止まりませんでした。

もう、楽になっていいんだと。手放していいんだと。

それが、キリストの誕生日の前日に起こり、明日は敬虔なる気持ちで、誕生をお祝い出来る。




この記事を読んで、深い感慨の湧く人も、わたしと同じ人です。




どうぞ、手放してください。もう、いいんです。人類も、やっとここまで気持ちが上がってきました。だから、過去のこと、辛いこと、手放しましょう。わたしと一緒に。




頑固な自分も、こうして手放せました。だから、あなたも出来ます。




キリストにまつわる、悲しい過去、体験を、この前夜祭の今日に手放して、新しい誕生日をともに迎えましょう。




シェアしたくて、書きました。読んでくれてありがとう。




メリークリスマス☆あなたにも神のご加護がもうすでに、あります^-^




昨日は大船観音さまにお参りしたあと、江ノ島に行きました☆




太陽の光がすごいですね。シャッターを切ったあと、もう一枚撮ろうとしたら、ものすごく光りました。