岡山新報デジタル

メディアや新聞が伝えない真実の日本や本当の歴史、色々な物事の裏側や正体・特殊情報を伝える岡山新報デジタル。

日本の伝統工芸品2

2022-10-26 11:50:15 | 日記
【北海道の伝統工芸品】

○二風谷アットゥシ
二風谷アットゥシとは北海道(沙流郡平取町)で主に生産される伝統的工芸品です。
オヒョウなどの樹皮の繊維で織られる織物で、アイヌの伝統的な衣服として着られてきました。



「アッ」はニレ科のオヒョウを指し、「トゥシ」は織るという意味です。

二風谷アットゥシは、産地として形成され生産量のピークを迎えたのは18世紀の後半頃ともいわれています。
しかし残された資料が少なく、正確な起源や成り立ちはまだ不明な部分も多いため、現在も研究が進んでいます。

アットゥシは、オヒョウまたはシナノキの木の皮の内側にある靱皮(じんぴ)を材料に数ヶ月かけて糸を作り、腰機(こしばた)で織り上げます。
アイヌでは儀式に着る正装として着られていましたが、軽くて丈夫で撥水性が高かったため、北前船の船頭たちにも愛用されていました。

♯北海道伝統工芸2


岡山新報デジタル【北朝鮮拉致問題】

2022-10-26 09:07:10 | 日記
●北朝鮮による日本人拉致問題⑮

【2度の日朝首脳会談】
2002年日朝首脳会談
2002年9月17日、内閣総理大臣の小泉純一郎(当時)が北朝鮮の平壌を訪問し、国防委員長の金正日と会談した(日朝首脳会談)。元北朝鮮外交官の太永浩によると、小泉は拉致を認め被害者を帰国させれば100億ドルを払うとしていた。その席で北朝鮮側は、日本人13人を拉致したことを認め、金正日自らが日本人拉致について、「遺憾なことであり率直におわびしたい。私が承知してからは関係者は処分された」と述べ、北朝鮮側としては「実行者は英雄主義に走ってかかた一部の特殊機関の者による行為」とし、関係者はすべて処罰したと説明した。また、「死亡」したとされる8人に関する「死亡診断書」などの情報を提出したが、これらはすべて捏造であったことを日朝実務者協議(2004年11月)で認めた。日朝平壌宣言では「国交正常化の後」、「経済協力を実施」することとなっているが、日本政府は「拉致問題の解決なくして国交正常化はありえない」と繰返し述べている。



5人の帰国
その後の交渉で、北朝鮮が生存していたとした5人の拉致被害生存者については、一時帰国を条件に2002年10月15日に帰国が実現した。交渉は外務省アジア大洋州局長の田中均(当時)と北朝鮮国家安全保衛部第一副部長の金詰(キム・チョル)という偽名を名乗る人物(正体は副部長の柳京(リュ・ギョン))の間で行われた。田中は「生きている拉致被害者を4人から5人程度出せばいい」と提案、北朝鮮側が了承し、5人の一時帰国が実現した。

5人の帰国後、日本政府は当人らや拉致被害者家族会の要望などにより、一時帰国した被害者を「北朝鮮へ帰す」ことを拒否し、5人の家族の帰国も要求する方針をとった。このため、北朝鮮側は日本政府に対し「約束違反だ」と主張した。このような北朝鮮当局の抗議により、その後の交渉は、北朝鮮当局が日程を決めないなどした為に中断した。5人を北朝鮮側に帰さないと日本政府側が決めた経緯については、後に当時の官房副長官であった安倍晋三が、自身のフェイスブックで“帰さないという自分の判断は正しかった”と書き込むなど、あたかも自分が進言実現させたことのように述べ、世間的にも広くそのように受けとめられたが、これについて、拉致被害者の蓮池薫の兄である「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)の当時副代表であった蓮池透は、この安倍の話を否定し、その著書においてもこの件について触れている。さらに、自民党の地方議員のブログにも、2003年札幌で行われた「安倍晋三先生を囲む会」の席上で、このときはまだ安倍本人が自ら語っていた被害者帰国当時の逸話として、蓮池透の主張とほぼ同趣旨となる話が載せられていた(後に削除)。

帰国した拉致被害者
地村保志・地村(浜本)富貴恵夫妻
蓮池薫・蓮池(奥土)祐木子夫妻
曽我ひとみ
♯北朝鮮拉致問題15


岡山新報デジタル【今日は何の日】

2022-10-26 06:58:19 | 日記
お早う御座います。
本日も宜しくお願い申し上げます🙇

【今日は何の日】
⭕どぶろくの日(10月26日 記念日)
「御園竹」「牧水」などの銘柄で知られ、長野県佐久市(旧:望月町茂田井)にある明治元年創業の老舗の蔵元・武重本家酒造株式会社が制定。

日付はどぶろくのシーズンが始まる10月下旬であり、「ど(10)ぶ(2)ろ(6)く」と読む語呂合わせから。濁酒(どぶろく)の魅力を広めることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

同社では「十二六 甘酸泡楽(じゅうにろく かんさんほうらく)」略して「どぶろく」という濁酒を販売している。「十二六」は昔からあるどぶろくを現在の味覚に合わせた全く新しい酒。よくすりつぶした米こうじ、これと水だけでどぶろくはできあがる。こうじの力で米から十分な甘みがでる。それを酵母がアルコールと炭酸ガスに変える。 米の甘味十分に、キリリとした酸味、程よい刺激の炭酸の泡。この酒ほど口の中が楽しくなる酒も珍しい。



どぶろくについて
どぶろく(濁酒)とは、発酵させただけの白く濁った酒のこと。もろみ酒、濁り酒(にごりざけ)、濁酒(だくしゅ)、白馬(しろうま)ともいう。米を使った酒類では最も素朴な形態と言われる。

炊いた米に、米こうじや酒粕に残る酵母などを加えて発酵させることによって造られる、日本酒(清酒)の原型である。どぶろくを沈殿濾過することで清酒を作ることも可能。清酒に比べ濾過が不十分であるため、未発酵の米に含まれる澱粉(デンプン)や、澱粉が分解した糖により、ほんのり甘い風味であるが、アルコール度は清酒と同程度の14~17度にもなるため、口当たりの良さがあだとなってつい飲み過ごして悪酔いしやすい。

「どぶろく」の語源は定かではないが、平安時代以前から米で作る醪(もろみ)の混じった状態の濁酒のことを濁醪(だくらう)と呼んでいたのが訛って、今日のどぶろくになったと言われる。

どぶろくは酒蔵だけでなく、かつては各家庭、農家などでも一般に製造されていた。しかし、明治時代に酒造税(1940年以後、酒税)が制定され、やがてどぶろくの自家醸造も禁止された。自家醸造を禁止した理由は日清・日露戦争で酒税の大増税を繰り返した際にその負担に耐え切れないとする醸造業者に増税を許容してもらうための一種の保護策であったとも考えられている。

韓国の「マッコリ」は、日本の「どぶろく」に相当する白く濁った酒である。新米で作ったマッコリが市場に出回り始める時期から、10月最終木曜日は「マッコリの日」となっている。