一年生の図工は今年度で3度目、もうベテランである。
最初の年こそ試行錯誤の連続であったが、今回は私が自ら作成した「指導計画」に従って材料を準備するだけという実に気楽なものである。
「指導計画」というものをこれほど身近に感じたことはなかった。
学級担任をしていた頃は研究授業でもない限り「指導計画」なんて堅苦しいものは作らなかった。
カッコよく言うと、学年の各教科に応じた年間のおおよその指導内容は頭の中にインプットされていたからである。
だから、「明日の授業は、何を使ってどういう授業展開をするか・・・」だけを事前にシュミレーションしておけば済んだ。
ところが、図工の場合は教材の準備はもちろんのこと試作品も作成しておかなければならない。
それに、授業日程も時間も限られているため計画的に行う必要がある。
この「指導計画」づくりは、一年目の授業づくりでもあった。
とにかく、何もない中で始めるしかなかった。
教科書を見たりネットで様々な実践例を見たり妻や友人に聞いたりしながら、結果がどうなるか全く予測しがたい中でのスタートであった。
おそらく授業時間と同等かそれ以上の時間を費やして、自分でも(指導)できる指導ならぬ実践計画を作ったのである。
三学期ともなると、一年生もかなり道具の使い方も上達してくる。
クレパスや粘土はもちろんのこと、ハサミを使ったりノリを使ったり、ついには水彩絵具にまで手を付ける。
授業で初めて使うときは、必ず使い方の方法やルールを指導する。
これは、二年生以上の図工等でも継続するので、最初の指導がとても大切になってくる。
しかし、既に個人差というものは形成されており、それを一定のルールのもとに収めるというのはけっこう大変なものである。
ノリの付け方ひとつ例にとっても様々である。
放っておいたら、あっと言う間にノリが半分ほどに減ってしまう子もいる。
かと思えば、ていねいにヘラを使ってチビチビと付ける子もいる。
手にノリが付くことに非常に神経質になり、一回ごとに手を洗いに行く子もいた。
そこで、濡れ雑巾を机上に用意させることとなった。
ハサミだって、まともに扱えない子もいることを知っておく必要がある。
だから、新聞紙を一枚ずつあげて端から切り落とさずに細長く切る競争をしたりもした。
工作用紙に大小様々な円をたくさん描いておき、それを子どもたちに切らせ、4枚貼り合わせてコマを作ったりもさせた。
出来上がりは、まあるくきれいにできている子もいれば、およそ円とは言い難いコマを作る子もいた。
さて、一年生も残り少なくなり、何か今まで以上にチョット立派なものを作りたい時期だ。
それが、写真にもある「紙パックを使った鳥」づくりである。
これは、はっきり言ってネットからのパクリだ。
もちろん、それに私なりに工夫を凝らして鳥をトッピングさせたわけだ。
いや、工夫を凝らしたのは私ではなく子どもたちであった。
サンプルを提示して作り方を段取りよくやると、全ての子どもがそれなりの鳥を作り上げることができた。
カッターを使うところは私がやってあげたり、ホッチキス止めの部分も手を貸してあげた。
一年生は何事もゆっくりなので、教員が子どもの一人ずつを回っても十分間(ま)が持てる。
羽や足やしっぽの形や目の位置はお好みで作らせる。
羽の模様も自分たちで持ち寄った色紙等を切って貼ったり、カラーペンで色や形を自由に描いたりできる。
どの作品も味があり、その子の雰囲気が出てるような気がした。
出来上がたら、廊下の掲示板に紐で吊るした。
子どもたちのみならず、私まで満足感を得ることができたのである。
(つづく)
<やったるで>
最初の年こそ試行錯誤の連続であったが、今回は私が自ら作成した「指導計画」に従って材料を準備するだけという実に気楽なものである。
「指導計画」というものをこれほど身近に感じたことはなかった。
学級担任をしていた頃は研究授業でもない限り「指導計画」なんて堅苦しいものは作らなかった。
カッコよく言うと、学年の各教科に応じた年間のおおよその指導内容は頭の中にインプットされていたからである。
だから、「明日の授業は、何を使ってどういう授業展開をするか・・・」だけを事前にシュミレーションしておけば済んだ。
ところが、図工の場合は教材の準備はもちろんのこと試作品も作成しておかなければならない。
それに、授業日程も時間も限られているため計画的に行う必要がある。
この「指導計画」づくりは、一年目の授業づくりでもあった。
とにかく、何もない中で始めるしかなかった。
教科書を見たりネットで様々な実践例を見たり妻や友人に聞いたりしながら、結果がどうなるか全く予測しがたい中でのスタートであった。
おそらく授業時間と同等かそれ以上の時間を費やして、自分でも(指導)できる指導ならぬ実践計画を作ったのである。
三学期ともなると、一年生もかなり道具の使い方も上達してくる。
クレパスや粘土はもちろんのこと、ハサミを使ったりノリを使ったり、ついには水彩絵具にまで手を付ける。
授業で初めて使うときは、必ず使い方の方法やルールを指導する。
これは、二年生以上の図工等でも継続するので、最初の指導がとても大切になってくる。
しかし、既に個人差というものは形成されており、それを一定のルールのもとに収めるというのはけっこう大変なものである。
ノリの付け方ひとつ例にとっても様々である。
放っておいたら、あっと言う間にノリが半分ほどに減ってしまう子もいる。
かと思えば、ていねいにヘラを使ってチビチビと付ける子もいる。
手にノリが付くことに非常に神経質になり、一回ごとに手を洗いに行く子もいた。
そこで、濡れ雑巾を机上に用意させることとなった。
ハサミだって、まともに扱えない子もいることを知っておく必要がある。
だから、新聞紙を一枚ずつあげて端から切り落とさずに細長く切る競争をしたりもした。
工作用紙に大小様々な円をたくさん描いておき、それを子どもたちに切らせ、4枚貼り合わせてコマを作ったりもさせた。
出来上がりは、まあるくきれいにできている子もいれば、およそ円とは言い難いコマを作る子もいた。
さて、一年生も残り少なくなり、何か今まで以上にチョット立派なものを作りたい時期だ。
それが、写真にもある「紙パックを使った鳥」づくりである。
これは、はっきり言ってネットからのパクリだ。
もちろん、それに私なりに工夫を凝らして鳥をトッピングさせたわけだ。
いや、工夫を凝らしたのは私ではなく子どもたちであった。
サンプルを提示して作り方を段取りよくやると、全ての子どもがそれなりの鳥を作り上げることができた。
カッターを使うところは私がやってあげたり、ホッチキス止めの部分も手を貸してあげた。
一年生は何事もゆっくりなので、教員が子どもの一人ずつを回っても十分間(ま)が持てる。
羽や足やしっぽの形や目の位置はお好みで作らせる。
羽の模様も自分たちで持ち寄った色紙等を切って貼ったり、カラーペンで色や形を自由に描いたりできる。
どの作品も味があり、その子の雰囲気が出てるような気がした。
出来上がたら、廊下の掲示板に紐で吊るした。
子どもたちのみならず、私まで満足感を得ることができたのである。
(つづく)
<やったるで>