森の中の恍惚

野山が笛を吹いている

When words leave off music begins.


ふっかちゃんクリームパン to ねぎーねぎー

2025年01月12日 | いろいろ 

ご存じ「ベーカリーズキッチン ohana」さんの『ふっかちゃんクリームパン』に遭遇。はなぞの店限定のようだ。だって目の前『ふっかちゃんミュージアム』だよね。でも後は、ネギでもブロッコリーでもなく、お隣の農産物直売所で買ったダイコンなのでした。


お詫びに、「FARMY CAFE curry stand」さんで、深谷ねぎドックの「ねぎーねぎー」で埋め合わせ。

>森の中の恍惚:Ohanaのバスチー

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葛袋神社

2024年12月23日 | 1/7,726 

東松山市の名門ゴルフ場、高坂カントリークラブの米山コースNo.14の北、坂東山の葛袋産業団地の北端に鎮座するPAR5の神(?)「葛袋神社(くずぶくろじんじゃ)」に参拝。


前の画像は参道途中の二の鳥居から社殿を見たところ。で、振り返るとこんな感じ。けっこう長い参道です。一の鳥居を出ると正面に「ばんどう山第二公園」で、その向こうが「化石と自然の体験館」となります。


では、参拝。何造りというのでしょうか? 迫力のある建物ですね。


斜め後ろから。


社殿前に「再建記念碑」というのがありました。
再建記念碑  平成元年七月吉日建之
 当社は川北山根大平の三郷を以って葛袋となし、其の中央山頂に五社大神と南方に白髪大神を守護神として祀り、明治五年両社を合祀し村社に列せらる。明治三十三年社殿を改築し、同四十年愛宕神社及び八坂神社を合祀し。社号を葛袋神社と改称す。
 昭和六十一年十一月二十七日不慮の火災により、社殿を焼失し、氏子一同再建を誓い多額の浄財を寄進し、平成元年四月十六日竣工壮麗清浄なる神殿に神霊を奉安す。
 仍って茲にその梗概を誌し永く後世に伝えんとする。
 総工費弐阡伍百七拾参万円



社殿裏に境内社。左から「大黒天・金毘羅大権現・金刀比羅神社・大黒天」


たま~に用事があってこちらへ来ることがあって、第二公園越しに見える鳥居が気にはなっていたのですが、奥にこんな立派な社殿があるとは思いませんでした。氏子さんたちの努力には頭が下がる思いです。
 葛袋では、かつて村の中央にそびえる坂東山(標高八五メートル)中腹に五社権現宮、村の南方に白髭神社・愛宕神社・八坂神社をそれぞれ祀っていた。このうち白髭神社が村の鎮守であった。
 明治五年、白髭神社を坂東山の五社権現社に合祀して相殿となり、「五社大神・白髭大神社」と号して村社となった。更に同四十年、愛宕神社と八坂神社をこれに合祀し、同四十五年に村名を採って葛袋神社と改めた。次いで、大正五年には、坂東山の麓の現在地に社地を移した。この坂東山は、昭和二十九年からセメント材採掘のために秩父鉱業によって切り崩され、現在では跡形もなくなっている。
 このように、当社の中心となっているのは五社権現社と白髭神社である。五社権現社は、その社名から察するに、熊野十二所権現社の内の熊野五所王子と呼ばれる若一王子(天照大神)・禅師(忍穂耳尊)・聖(瓊々杵尊)・児宮(彦火々出見尊)・子守(鸕鶿草葺不合尊)の五柱を祀る社と考えられ、恐らく熊野修験により奉斎されたものであろう。一方、白髭神社については「(隣村の)下唐子の白髭神社(現唐子神社)が当社の兄さんである」との口碑が伝えられている。下唐子の白髭神社は、応永十八年(一四一一)の創建と伝えられることから、当社の創建もこのころまでさかのぼるのであろうか。
 昭和六十一年に社殿を焼失したが、平成元年に再建が果たされた。

(Resource:「埼玉の神社」埼玉県神社庁)

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サマーラベンダー

2024年11月29日 | ラベンダー 
Lavandula angustifolia 'FORLEV03'

おなじみ「Hakusan」さんから登場の「サマーラベンダー」なんだけど、ある時は『フォーエバーブルー』またある時は『ストロングタイム』 しかしてその実体は ........ と、暑さに負けない「サマーラベンダー」なのでした。

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屈巣久伊豆神社

2024年11月15日 | 1/7,726 

花のまち鴻巣市、フラワー通りのパンジーハウス(鴻巣農産物直売所)の北東だけど、ぐるっと回って元荒川を越えて旧川里村の鎮守「屈巣(くす)久伊豆神社」に参拝。


鳥居の額には「正一位久伊豆大明神」


社号標には「神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)供進指定神社」の表示。


真っ直ぐな石畳に幟立て、石灯篭に狛犬と、なんとも趣のある境内となっています。左側には社務所。


では、参拝。


屈巣久伊豆神社    鴻巣市屈巣二三一二 ー 一

□歴 史
 当地の地名は元来、国主と書かれたが、正長年間(一四二八 ー 一四二九)当社境内の老榎樹に鷲が棲みつき、度々子供を傷つけたことから村人がこの鷲を祀って鷲神社と号してからは、鷲も巣の中に屈して出てくることも無くなったために屈巣と改められたという。
 また、『明細帳』には「本社々殿ハ宝亀元年(七七〇)九月ノ建立ニシテ今ヲ距ル千有余年爾後数回再建ノ事記アル棟板等今ニ存在セリ、而シテ又土俗ノ口碑ニ前玉(さきたま)神社ノ一社ナリト伝フ、蓋シ本社久伊豆神社祭神大己貴命ハ大国主命ニシテ古ヘ村名ヲ国主村(今ハ屈巣村ト伝フ)ト唱ヘシハ即チ大国主ノ二字ヲ村名ニ呼ヒシニ原因セシナラン、以上土俗ノ口碑ト当時存在セル棟木ノ年号トニ依レハ古ヘ前玉神社ニ座ス其一ヲ祭リシモノニテ式内ノ神社タルコト明ナリ且ツ中古当社ノ殿内ニ八幡社鷲神社ノ両祠を配祀ス、然レドモ其縁由詳ナラス」とある。
 また、『風土記稿』には、村の鎮守として祀られ、正保二年の棟札を蔵し、本山修験の桜本坊が別当を務めていたことが記される。時代は下って、明治四二年に村内の一六社が合祀された。

□主祭神
・大己貴命(おおなむちのみこと)

□神社年中行事
・四方拝(一月一日)  ・祈年祭(二月二十六日)
・春の例祭(四月十五日)  ・大祓い(六月三十日)
・秋の例祭(十月十五日)  ・七五三 祈願祭(十一月十五日)
・新嘗祭(十一月三十日)  ・交通安全祈願(十二月十三日)
・大祓(十二月三十日)


社殿西側には三峰社。その隣、大きな石碑は日露戦役記念碑。小さいほうは紀元二千六百年記念の碑となります。


奥にはポツンと塞神。「埼玉の神社(埼玉県神社庁・刊)」には『おかね様とも足の神様とも呼ばれる』とありますが、庚申さまは「おかね様」とも呼ばれるようで、また、青面金剛との繋がりからかとも思われますね。


裏には石灯篭と石祠が二つ。右の石祠には「若宮八幡宮」とあります。


そして、数々の石祠が並んでいます。「明治42年に村内の一六社が合祀された」とありまが、その名残でしょうか?


本殿を囲むフェンスにちょっと違和感........。


ご神木でしょうか? 大銀杏。雌木です。


境内大銀杏の奥に「忍領境界石標」があります。左の『従是北忍領』とあるのがそれ。


鴻巣市指定有形文化財 忍領境界石標  昭和五三年三月九日指定

 この石標は、忍藩が他領分との境界争いが起こらないよう安永九年(一七八〇)に屈巣村(現川里村屈巣)と安養寺(現鴻巣市安養寺内)との境に建てたものである。
 忍藩内に一六本建てられたものの一つである。明治の廃藩置県後、一時個人所有になったが、その後久伊豆神社に寄附されたもので、川里の歴史を語る貴重な資料である。
 「従是北忍領(これよりきたおしりょう」と彫られている。
高さ一三三cm 幅三〇cm 小松石

    平成七年七月  鴻巣市育委員会


:ここです→ Google マップ

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ラディーバ インペリアル

2024年11月11日 | ラベンダー 
Lavandula dentata 'LaDiva Imperial'

オランダに本社を持つ花卉育種・開発企業「Dummen Orange(デュンメンオレンジ)」社の Lavandula「LaDiva シリーズ」のデンタータ種。この他に angustifolia や stoechas も「LaDiva シリーズ」にあるので、そのうちに会えるかもしれない。デンタータ系なので暑さに強いかと思うけど、ここ数年の猛暑ではどうだったんだろう。'Dolavimp(ドラビンプ)’ が本名のようだ。

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バレンス ダークバイオレット

2024年11月01日 | ラベンダー 
Lavandula angustifolia 'Valence Dark Violet'

名前のとおり濃い紫の花を咲かせるラベンダー。コンパクトで分枝が良いうえに春秋の二季咲という優れもの。できればここ数年の猛暑にも打ち勝つ力があるといいのだけれど........

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マンドレイクの呪い?

2024年10月11日 | 32-20 Blues 
マンドレイクに McAfee が反応している........。小さな寝息でも聞こえるんだろうか。

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千代田のマンドレイク

2024年10月07日 | 32-20 Blues 
大堰渡ってジョイフル本田千代田店。ガーデンセンターで迎えてくれたのは樽から抜け出したBIGなマンドレイク。安心したことにはハロウィンまでは眠っているようで、起こさなければ危険はないそうだ。もちろん非売品 ........ だよね。

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VC'S 高崎店

2024年09月05日 | 1/7,726 
ビバホーム系のアートクラフト&ホビー専門店「VC'S(ヴィシーズ)」さん。加須店に続いて「ARC OASIS(アークオアシス)」に店名を変更した鴻巣店も閉店となってしまった。あと近くでは埼玉大井店へってとこなんだけど、どうせなら唯一残った「VC'S 高崎店」へ関越かっトビ!........ なのでした。
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高崎市 火雷若御子神社

2024年09月05日 | 1/7,726 

群馬県高崎市「倉賀野駅貨物基地」の北西、旧東中里村に鎮守する『火雷若御子(からいわかみこ)神社』へ参拝。


火雷若御子神社
 明治十二年(一八七九)の「上野国神社明細帳」によれば、「当社ハ往昔、那波郡下ノ宮火雷神社ヨリ勧請スト言ヘドモ、其年月詳ナラズ、其後保食命ヲ合祭シ村名を以テ社号トスト伝フ」と記述されています。創建後、途中で中里神社と改称され、同二十八年に火雷若御子神社と復称されました。
 祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)・宇気母智神(うけもちのかみ)です。境内社に秋葉社(祭神は軻遇突智神[かぐつちのみこと])、城峯社(大山祇命[おおやまぎのみこと])、八坂社(素盞嗚命[すさのおのみこと]、菅原社(菅原道真公)等が祀られています。
 境内には近隣には見られない御沓堂(おくつ)があります。この土地の人々は農耕馬のための雷除けとして、無事に農業が営めるようにとの願いから、馬を引っ張ってお参りをし、御沓堂に馬のわらじや蹄鉄を奉納しました。今もその一部が残っており、道路沿いに石仏・石神等の石造物が並んでいます。



境内入口には遊具も揃った東中里町児童公園、奥には東中里公民館が建っています。境内も地域に親しまれてきた雰囲気があって心地よいですね。


では、参拝。


扁額の両脇には雷神さま。


その脇には神楽殿の額。社殿の北に神楽殿跡の立札がありますが、その名残でしょうか。


では、回ってみましょう。「辨戝天」、下の日付は祭典日でしょうか?


天王山


秋葉山


これは建立の碑のようです。明治27年に宮殿を建替え、神樂殿と沓堂を新築。28年に社号を火雷若御子神社と復称し御遷宮式大祭典を挙行したとあります。碑の最後に、明治34年1月27日氏子等建之とありますので、社の記録として建てられたのでしょうか? また、碑の後ろ側には、明治28年1月26日櫻樹15本奉納とあります。........ こっちが表?


これは戦没者の慰霊碑のようです。


天神様、道祖神、城峯山


初午の表札がありますが、ここが「御沓堂(おくつ)」のようです。


Google マップにも載っている芭蕉句碑。「稲妻に さとらぬ人の 尊さよ」とあって、右下は「はせを(=芭蕉)」となっているそうだ。(読めない ........ )


参道に「先考五十嵐府君碑」というのが建っています。建立の碑や芭蕉句碑にも五十嵐勘衛氏の名前が残っていてとても興味深い人物なのですが、ちょっと読み込めなかった。ネットで出てくるといいんだけど........。明治26年1月と日付があるので、宮殿建替えの前年ですね。この神社また地域に深い関わりがあったのかと思われます。また機会があったら高感度で読み込んでみたいと思います。


ということで、なかなか興味の尽きない火雷若御子神社でした。また、「VC'S 高崎店」に来たら寄ってみよう........。なお、由緒書きにあった石造物は正面の幟立石脇に並んでいて、薬師如来、地蔵菩薩、地蔵大念仏供養塔、如意輪観音二十二夜、庚申塔、庚申塔、百番塔の7体でした。(記録もれでした

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