森の中の恍惚

野山が笛を吹いている

三ヶ尻八幡神社

2014年01月19日 | 空色の休日 2014 

秩父鉄道武川駅より分かれる貨物専用線「三ヶ尻線」の三ヶ尻駅(もちろん貨物駅です)の北東、三ヶ尻小学校と中学校とに挟まれた「ふるさとの森」に鎮守する「三ヶ尻八幡神社」へ参拝。

 昭和五十九年に県から「ふるさとの森」の指定を受けた美しい杜に囲まれて鎮座する当社は、源頼義・義家親子が天喜四年(1056)の奥州征伐の際、この地に本陣を設け、鎌倉の鶴岡八幡宮の遥拝所を建てて戦勝を祈願したことに始まる。当社の社殿が東北を向いているのは、こうした創建の事情によったものであり、隣接する拾六間の地内には義家の設けた陣屋の跡地もある。また、当地は、寿永二年(1183)には鶴岡八幡宮の社領となっており、寄進状が現存する。
 江戸時代の当社の状況については、『風土記稿』三ヶ尻村の項には次のように記されている。
 八幡社 村の鎮守なり、神職の伝へに当社を、延喜式内田中天神なりといへり、されど証とすべきこともなし、此地は古鶴岡八幡宮の社領にして、殊に文書にも村名の条に載たる如く、寿永二年鶴岡八幡社領となりし地なれば、彼社遥拝のため勧請せしものにて、其頃より鎮座なることは知るべし、田中天神のことは延命寺の天神にも云処なれば、何れが正きを知らず。
 この文中に出てくる田中天神とは、『延喜式』には播羅郡四座の一つとしてその名が見える田中神社のことで、当社、三ヶ尻地内にあるにある田中神社、川本町田中の知形神社の三社が論社とされている。しかし、未だにいずれの社が延喜式内の田中神社なのか、判然としていない。
(Resource:「埼玉の神社」埼玉県神社庁)



平成12年に新装となったいう社殿はまだ新しく、4月15日の例大祭では本殿前で巫女舞いの奉納が行われるそうです。


八幡太郎義家公駒留の杉
1056年奥州騒乱(前九年の役)鎮定の砌
源義家公がこの杉に愛馬をつなぎ無事を祈願したといわれている


北風が冷たいので、今回はここまでです・・・・。


三ヶ尻八幡神社社叢ふるさとの森(昭和59年3月30日指定)
 身近な緑が、姿を消しつつある中で、貴重な緑を私達の手で守り、次代に伝えようとこの社叢が、「ふるさとの森」に指定されました。
 この「ふるさとの森」八幡神社は、天喜四年(1156)、鎮守府将軍源頼義と、嫡男八幡太郎義家が、前九年の役出陣にあたり、特にこの地に兵をとどめ、戦勝を祈ったところであります。
 ここは、平成十二年に新装となった本殿・拝殿を中心として、多くの大樹が緑豊かな社叢を形成し、中には、義家が愛馬をつないだといわれる杉の巨木も、神木として時を語っております。
 林相は、主に、スギ・ヒノキ・スダジイ・モミ・カシなどから構成されています。
  平成十六年三月 埼玉県熊谷市


:ここです→ Google マップ

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