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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 試作品 其の六 


島崎柳塢 『花』

新春の光が差し、御用地内の木々から小鳥達の鳴き声があちらこちらから聞こえるなか、ご一家は表の玄関へと出られました。お見送りに表の職員達も何人か、外へ出ておりました。

その職員達に対して、ご一家は丁寧に頭を下げられて一人一人に

「新年おめでとう」

「朝早くからご苦労様です」

などと、声をかけられました。世間の一部では、ご一家の職員の態度がとても厳しい等と面白おかしく言われておりますが、基本的には、とても丁寧な態度で接していらっしゃるのです。

桜萌黄襲の袿袴姿の清香皇嗣妃殿下と、同じく紅梅襲の袿袴姿の撫子の姫宮の何とも雅な美しさは新年の名物です。お二人方共後ろから見ると、袴が広がったAラインの末広がりの装束姿で、それは縁起が、良いとされる着付け姿です。


そして、小直衣に二藍の指袴姿の威厳ある皇嗣殿下と蘇芳の村濃の小振袖に長絹の白袴姿の若竹の宮の凛々しいお姿。色々な出来事のある佐義宮皇嗣家ですが、それでも非の打ち所のないご一家でいらっしゃいます。

白菊夫人も真っ白な髪に琥珀を連ねたヘアバンドにマショリカお召に着ており、地中海を思い浮かべる、緑帯びたブルーの兵児帯を吉弥結びにされていました。その姿はやつれていてもまだまだ美しいです。

皇嗣家の女子職員達は、皇嗣殿下や妃殿下方の美しい装束姿を、新年早々から拝見するのは、目の保養だと、チラチラと見たり、室内から覗いたりしておりました。それは、殿下方も気が付かれていましたが、慣れております。


池田蕉園 『こぞのけふ(其の一)』

白菊夫人は妹宮にバンドバックを手渡されながら、ふと前から気になっていた、妹宮のティアラを見て、

「撫子、私が使っていたこのティアラだけど、サイズの調整はしてあるの?」

「いいえ、そのまま使っているわ、ちゃんと頭に合うもの。大丈夫よ」

姫宮はちょっと首をかしげて、ピツタリよとニコニコされて答えられました。


高畠華宵

皇嗣殿下は妃殿下と若宮殿下に、

「明日もこんなに晴れていれば、良いね」

「そうでございますね」

「天気が良ければ、参賀に大勢くるね。御所の女一の宮さんもお出になるし、凄い人出になると思う」


上村松園 『娘』

めいめいにそれぞれ話をされる、ご一家の表情は皆様柔らぎ、“あの時の出来事„からは、考えられない程です。

「恐れいります。唐糸さん達が、これを持って来るように、言われましたので、お持ちしました」

車も来ていますので、殿下方はお乗りになろうとされた時に、奥向きの職員の白浜の仕人(つこうど)と、松枝の仕人コートやショール等を抱えて持って来ました。

装束は着重ねるものですし、そう寒くはないのです。今年は天気も良く気温も高めですので、車中からそのまま宮殿に行くので、妃殿下は、わざわざ、防寒着は必要もないと思い、用意する必要はないと考えて、コート等は必要ないと、事前に知らせていたのです。

白浜の仕人は

「君様よりのご指示は私達も伺っておりました。しかし唐糸さんや花吹雪さんは、念のためにお持ちになったほうが、良いと言われまして、恐れながらお持ちしました」

撫子の姫宮は笑いながら
「唐糸さん達はホント心配症ね、宮殿まをお拾い(徒歩・御所言葉)で行くわけではないのに」

それを聞いた松枝の仕人は

「私もそれを言ったんですが、持っていって、損はないし、気温がぐっと下がるかも知れないから、お車のトランクにでも入れておくよう言われたんです」

「もし寒くなってきたら、どうしてあの時、コート等を用意しなかったのかと、君様から『思い遣りがない』とお叱りの言葉を頂戴するかも知れないと・・・・」

皇嗣殿下はそれを聞いて、お笑いになられて

「清香の言っていたことを、耳に入っていたんだな」

「まぁ」

妃殿下は顔を赤らめて、思わず、象牙のお扇子で顔を隠してしまわれました。その姿は若々しく愛らしく見えます。


上村松園 『惜春之図』

しかし直ぐに、真顔になられまして、


鏑木清方 『初雁の御歌図(小下絵)』


「わたくしは、小声で言いましたのよ。唐糸さん達に聞こえるわけないわ。松枝さん達が、耳に入れたのでしょう」

やや厳しい口調の妃殿下の言葉に、松枝の仕人は明らかに動揺して

「え!」

と、明らかに顔に書いてある表情になっていましたが、まだ若い白浜の仕人は落ち着いた声で

「君様がそのような事を仰られたのは初耳でございます」

と、答えました。松枝の仕人は、

「おっお前、嘘を付くなよ。聞こえていただろう」

と、言い、お前も共犯だろうが~~などと言い返しました。

松枝の仕人のほうが、年長で丁度皇嗣両殿下より十歳位歳下でした。、そのせいか、事に妃殿下は弟のようにお目を掛けて、何かと面倒をみたり、厳しく叱り付けたりして二人の関係は、山あり谷ありの主従関係なのでした。

白浜の仕人は両殿下より、二十歳歳下で、白菊の夫人とは、三歳年長てした。しかし並みの宮務官達よりも長く皇嗣家にお仕えし、落ち着いた性格のうえ恐ろしく記憶力が良いので、奥向きにとってはなくてはならない人物でした。

二人とも既婚者です。白浜の仕人は母方が、公家の血筋てしたので、夫人の数年にわたる結婚騒動の時、白浜が、あんなに早く結婚していなければ、姫宮と一緒になるほが、はるか相応しかったと、職員一同から心底惜しまれた程です。

ご両親殿下も内心では、そう思っていました。公家の血筋のうえ優秀で若いながらも、良く“ご難場„といわれる、宮家に仕えてくれて、本人の人柄も良く把握しておりましたので、長女の夫になってくれたらと、あの時ほどそう思った事はありませんでした。

しかし出来る男は周りがほっとく筈もなく、本人は夫人の騒動以前より、高校の頃から付き合っていた女性と早々結婚してしまったのです。どうも夫人がやたらと、早く結婚したいと、願っていたのは、多分に白浜の仕人の影響もあったでしょう。

二人の仕人はめいめい、和装用のコートやショール等を、ご一家に手渡しました。

「宮様どうぞ」

白浜の仕人は夫人にもショールを渡しました。

「唐糸さん達、私のも用意してくれたのね。白浜さんありがとう」

夫人は少し驚いてショールを受け取り、肩に掛けました。


栗原玉葉口絵

白菊夫人と白浜の仕人は歳が近いせいか、仲が良いのですか、兄妹みたいな関係で、別にこれ以上という訳ではありません。白浜の仕人はむしろ若宮との関係が、親密で、近頃は若宮の身の回りの世話を焼いているのです。

男性用和装コート

高畠華宵 『男だ我慢しろ!』

車内にご一家が、お車に乗り込まれる前、夫人は扇子を持ち威儀を正して、

「お儀式が、滞りなく済ましゃれますよう、お祈り申しております」


門井鞠水 『花下美人』

そう挨拶し、職員達と共に、頭を下げました。“あの時„は煩いほどヘリコプターの音が聞えて、一応のお別れの言葉さえ、お互いに上手く聞き取れませんでした。


高畠華宵 『雁』

しかしこの日は、小鳥のさえずりのなかの静かな挨拶でした。

「ありがとう。朝早くから疲れただろう」

「白菊、ゆっくり休んでいなさいね」

「お姉様、表は誰が、来られても出なくてもいいからね」

「無理しないでよ。まだ治っていないんだから

そう口々に皇嗣両殿下や、姫宮、若宮方はそれぞれ夫人を気遣う言葉を残しながら、車中の人となり、御用地を出発されたのです。前後に警備の車等が続いておりました。

白菊夫人は出発されるご一家に深く頭を下げて一礼しました。そしてお車が、見えなくなるまで、見送られましたが、夫人の頭のなかは、どうしてもあの時・・・・結婚の為に、皇嗣邸を出発する時を思い出さずにはいられませんでした。


高畠華宵 『水仙は匂えど』

肩に掛けたショールを共肩より深く前に引くと、夫人はあの時の記憶と共に空を見上げてるのでした。


鏑木清方 『緑のショール』

表の職員達は、殿下方が、出発されてお見送りが済むと、波が引くように邸内に入って行きました。古参の職員は夫人に向かい頭を下げましたが、仕えてまだ浅い職員たちは、夫人がその場にいようと構いなしの態度をとるものもいました。松枝や白浜達は、例え皇族で無くなっても、皇嗣家の一の姫宮であった夫人に対して、礼を失っているとやるせない思いでした。

そんな仕人二人に夫人は明るく、

「折角ショールを届けて貰ったから、天気も良いし、庭を歩いて、奥の玄関から入ってゆくわ」

そう言いました。松枝の仕人は驚いて

「えっ?大丈夫なのですか。無理なさらないで下さい」

「無理なんかしていないわ、気分はいいし、外の空気を吸いたいのよ」

「そうですか。では、警備の方へも宮様がお庭をお拾い(歩く・御所言葉)されると、知らせておきます」

「ありがとう。お願いします」

白浜の仕人の方は不安げな顔で、

「・・・・宮様、出すぎた事ですが、もし、表の方からお入りになられるのをご遠慮なさっているのでしたら、それはご無用です。宮様は、一の姫宮です。ここは父君のお屋敷なのです」

(余計な事を言うな・・・・)と思いながらも、白浜はそう言いました。

白浜の言葉に夫人は笑いながら

「そんな事を言って・・・・私はそれくらいの事で何の遠慮もしてないわ」

「平気よ・・・・」

夫人は、二人に笑顔で言いますと、お庭の方へ向かわれました。


山川秀峰 『春光』

皇族でいた時、結婚した後、人の好意等はそれを受けるのが当たり前だと思い、見えていなかったものが沢山ありました。でも現在はご家族や周囲の人達の暖かさや、思い遣りの言葉に現在の夫人は、心より感謝しているのでした。


栗原玉葉 『花咲く頃』

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