至極当然の美だ。
ただ、「その他」も勿論ある。
ある意味、この勝利に沸いた感じに水を差してどうする?と言うのは有って。良くも悪くも「その他」側としてはあまり云々言うべきではない、のだけど。「仮面ライダードライブ」も、結局はオーダーに思い切り反逆したイメージで…多分、それでも商業的成功を果たしては、居る筈?で。
「最も”強い”欲望とは、何だと思う?」
それが仮面ライダーなんだよ。
その一言で、全てがひっくり返ってても、文句を言えなかったりする訳だが。
今の表を支配する現実が、そのストリードから何を選び何を描きだすか?それは神のみぞ知る。ともかく日本ではもはや、天皇家で有っても「側室制度は無い」のだ。それは、倫理としては正しくない。
…とはいえ?図らずも「そう言う状況にある」人々が、何か罪を犯した訳でも無い訳だ。
「プライバシーの侵害は許されない」時、犯罪では無いなら、”その”家庭或いは関係で何が行われて居ようと、報道も調査も許されない。その時、「常識的な環境」に混沌は、発生する。
何で結婚しないの?
余計な(/ω\)。
一夫一婦、或いは子供?そう言う「夢を継ぐ存在」が、ある意味で輝かしいほど、”そこ”へは可能な限り早期に至るべきではあり、それこそ正義であり、その後は、安定して次へと続けていくべく、守り育てるべきではある。理想としては役目を果たしてこそ、その退場は許されるのだ。だから。
…とは言え、人には色々…事情がある訳で。
問題の起点ではある。「なんで?」その正義を掲げる程、末端は”それ”が気に成ってしょうがない。最善を目指すべきだ、それが良い結果で有るほど、みんな”それ”を目指すべきであり守らねばならない。”倫理”社会的規範はそうして構築されるその時、しかし「例外」はどうしても、ある。
マスコミが五月蠅くて。
貴方それ以前の問題でしょう。
至極当然のコントは、中々笑ってすまして貰えない。
自分的には、「絶対にその方が良い」のだ。
「対象」的には、絶対ダメ、だ。
以前の世界では、「黄昏の狩人」その中央に、中華思想の皇帝が居座ってしまっていて、”それ”が原因で、社会は大いに乱れた訳だが。その辺…改善傾向がある。大団円的に終了した「ウルトラマンジード」でも、邪悪なるウルトラマンべリアルを、その子であるウルトラマンジードが倒し、宇宙の平和は守られた、と言う感じでオチになった、訳だが。良くも悪くもウルトラマンべリアルを、その中華思想の皇帝それに見る事は出来るし、”それ”がちゃんと通った”それ”は、作品的にも大成功、だ。企画原案として、”それ”は良くも悪くも「既存の現実」いわゆる「テレビ的倫理」を基幹にする場所から、恐らくは始まっていて。その結果として”そこ”に至ったそれは、大事な話だ。テレビが?まず、その「中華思想の皇帝」宇宙の神に成らんとした邪悪、それを否定した、訳だ。
…そうだろうか?
この辺、「カウンタ数値低くない?」的な不満は大量に残る。幸い?それらは黄昏の狩人その「最後のマスター」へと襲うのだが…一部はまだ、”こっち”にも来ていて(;_;)。不満偏向がまだ可能な部分は或いはあり、その辺に、或いはそう言う理由は…少しあるのかもしれない。
大勢は決した、的な事は言いたい。
しかし、貴乃花親方の顛末はまだ、完璧に終了した、と言う訳でもなく。
細かくまだ、残っては居るのだ。