理解は出来る。
「創作が売れれば破綻しない」のである。
と言う理解は得られた、のだろうか。
唐突に、何かの重い否定が消えた感覚は有る。
ともかく「人力発電機がある」時、”創作が売れれば”それは電力に変換され、そこにお金が発生するのだ。創作が売れる限り、お金は発生し続けるのなら?経済的な破綻は発生しない。と言う状況で、選ぶべき物、それは何か?
…「売れた」のだろうか、「美鶴さんの長い妄想」は。
少なくとも500円で売っていた時、”これ”が「売れた」と言う実感はほぼ無かった。オリジナルである「破魔師 ~美鶴の初仕事~」も姿を見せず、もちろん「かむろぎ」それも見えないままだ。その後、十年以上経過して今、状況は殆ど変わってないのに。
その上で、「”美鶴さんの長い妄想”みたいなゲームをゲームセンターに置いてくれ」そう言う、話。
深刻な現実はある。
「カウンタ制御」は今だ、外れてない。
自分の理解としては基幹に相当する概念だ、神の意向を無視してはいけない。
つまり。
と言う訳で、自分としても我慢せざるを得なかった、訳だが。
かなり極端な変化だ。
「ミスティック・ウォーリアーズ」と言う、あまり売れなかったゲームに対して。
「なんでこれじゃダメなんですかね」
その剣呑さを含む疑問に対して。
「なんでそんなもんおかなきゃいけないの?」
になった訳だが。
今までは”全く逆”だったのだ。なのに。
「だってそんなもん置いてたらゲーセン潰れちゃうし」
…今までは何だったのか。
何がどうなったか?と言えば、アメリカ側に渡った「昭和天皇の椅子」と、その周囲を固めるご意見番”ナンバーズ”の意向が合致した結果、”それ”を持って?反発してた人も、急に態度を変えた…と言う感じらしい、が。
微妙に釈然としない。不安も残る。そして自身の現状は、さほど変わっていない。
特に、急に態度を変えた”何か”に関しては、不安感しかない。
今までは汚物の如く否定したモノをソフトクリームの如く求める感じでさえ有る。
やめい。
ともかく、それまではその位に拒絶してた物を、今後の基幹にするというのだが。
本当に、「美鶴さんの長い妄想」それを基幹にする、なら。
かなり状況は改善した、筈だが。あまり改善した変化はまだ、感じられない。
自分も意外な実感?はある。
創作は電力に変換され、”換金される”のだ。
実感を伴って、「お金は発生する」電力の如く!それは言える訳だ。
それは、大きな変化だ。
最初からそう言えば良かったのだろうか?
それは神のみぞ知る。