支配者の苦悩、ではある。
お金がない。
オーダーが有る頃は、自分が受注無くして生活出来ない立場である頃は良い、”それ”が居てくれる事が逆に自身の生活を安定させてくれる、”それ”がお金を払ってくれるのだ、オーダーを満たす限りは。しかし?或いはやがてふと気づく、親が死んだりする、その後だ…オーダーが無い。
オーダーを出すのは自分なのだ。
そして、それに対してお金は払わねばならないのだ。
実は恐慌が有る。
自分は今後、何処から、お金を得れば良いんだ?
オーダーを出してくれる存在は、もう居ないのだ。
単純に、”これ”を回避する為にも「ストリードの連携」その概念はある。外部に自身と等価か上位の存在を意図的に設定し、”それ”からオーダーを求めてお金を要求する訳だ。「仕事」だ、それは、自分の外部が存在する限り、理屈の上では永遠に有る。ただ逆に?支配者と言うポジション、それは捨てる事には成る。
そんな物はいらない。
それはそれで、後ろに居る人々にか、感覚の恐慌はある、この人は絶対ではないのか?では、安定を創るそれは一体?誰か…。
ともかくその経緯で、その支配者が時に「捨ててしまう物」があって。戦争中なら?国力全てを投入せねばならない時、”それ”は必要な物だろう、国民に命じて動かすそのパワーだ、言えば、逆らえば殺す、その断言ではあり。支配者が、「これはダメだ」と、捨ててあるものを、誰かが拾った…後。昭和天皇にしろ、”それ”は、軍部の管轄下にあった、のだ。
個人の”それ”は、大した話じゃないのだ。ただ?「王の権威」の”それ”は、少し大きな問題を起こしていく事に成った、のかもしれない。
結論で「国家総動員法」戦争に対して、物資、生活、人命、あらゆる国力”全て”を投入すると言うそれは、この先に有る話、だ。言えば”これ”その物だろう。単純な話だ、人事権を握ってる社長に逆らえば首である。ただ、それを実際には「王の権威」それだって最終的には持っている訳だ、そして、その「王の権威」にしか、利益のあるネタ、それは提供し得ない。
本来、「王の権威」それは物理的な話、つまり「世界規模での」それである。平成に入って特に、「王の権威」自身は昭和天皇から離れ、特に”国に帰属する物”では無くなってしまった。そのアイディア?は、インターネットを始め、世界の基幹と化していく訳だがつまり、知らず知らず、世界は「王の権威」を頂点とした、一つの会社の様に成っていった…訳だが。
「国家総動員法」は?
本来の「王の権威」は、その時、”それ”を実は捨てているのだ。
そして、それを拾っていた奴が居た、訳で。
或いはあの「新聞記者」それは、過去の、日本軍上層部に通じる存在、だったのかもしれない。色々な経緯で”それ”が、王の権威が捨ててしまった「国家総動員法」を、「これは私のモノです」そう、拾う?事に成った、正直言えば盗んだと言う感じだが。幸いだろうか?”それ”はその後、直ぐに、”それ”を持った事で問題を起こしてしまう、自分に逆らった売春婦を殺してしまった。それでもその後も、その「国家総動員法」は、実は、「新聞記者」の元に有り続けた、のかもしれない、訳だ。
「新型コロナウイルス」は、何故、脅威と認定されたのか?
「戦争だ!」誰かが、何かの危機を前に、”それ”を発動させたのでは。
”それ”は今も、何かの脅威?として、「自分に逆らう存在」に対して、国力全てを投じて、戦いを続けている、訳だ?
それが、物理だったとしても、だ。
誰が悪かったか。
追記
「アサルト」と言う古いナムコ製アーケードゲームは、あげちうが過去に創った俺ガンプラ「ブルーガンダム(未完成)」を盗作と言うか、”戦車に変換して”元ネタとした作品だった、らしい、が。その企画原案かは”それ”を「私が考えました」そう言っていた、かもしれない。
「ゼビウス」で起きた何かの、その後に続く混沌と、その行方は。