色々と蒸し返される。
確かに、欲しいと言えば欲しい。”それ”が有れば、状況を「自分の思う通りに変えられる」のだ、その実力次第で。機体は紙装甲でも”それ”を可能とするパワーを持ち、そして反論し得ない具現性もある。本人も気づかなかったその「その場の思い付き」は、想像以上に重要な物として、密かに育ち続けた、と言うか。
「不可能だ」結局、おなじ”力”を相手も使って来たら?ここにはその帰結が無い。国家の中だけなら有り得る、正に「国家総動員法」その物ではある、確かに使い方だ、使う人次第ではあり、国を変えよう、その時、それは大きなパワーとなってくる。
「ブルーガンダム」不意に、自身の中に有ったその衝動?かが、奇妙な存在感を見せてはいる。
今の所、そのオリジナル?は自身の支配下にある、それは無理だ。それを動かすには”自身の上位の発令”が必要である、自分の好き勝手に使える物ではない。ただ?当初の創案は、「自分の思い通りに状況を変えたい」その帰結だったろうか。そこにはリミッターが無いのだ、そしてその作者はその後、それを捨て置いたまま、何だか「王の権威」”それ”に成った。
ともかく旧ナムコの「アサルト」そしてそれを動かす為の、当時の「システム2」と言う強力なゲームセンター用基板は、何故か、酷い失敗と成った、らしい。登場する戦車には、その「ブルーガンダム」がパクられ使用されており、ゲームデザイン等々、錚々たるメンツにより構築されたそれは、クオリティだけなら当時の標準を圧倒する性能で、大ヒット!しなかった。何故か?
「オリジナル」が、それを拒んだから、だ。それは、発令されていない。
ニュアンスでは、それはオリジナルによって破壊された、或いはバベルの塔の如く。
「これを使う存在に自由意思は要らないんだ」そう言えば、「ブルーディスティニー」と言うMSが居る、「エグザム」と言う特殊な機能を持った”何か”だ。ブルーと言う名前、ツインスティックの使用からして、「内部での継続」が有ったのかもしれない。それはパイロットを無視して勝手に、目的を果たすべく駆動し敵を殲滅するが、搭乗パイロットには凶悪な負荷を掛ける為に使用し難い”何か”だった。実際には、オリジナルが隠れていて、”それ”と、その作者とシンクロ出来ないと、イマイチ成果が出ないから、そんな感じだったろうか。
「被せ」パクリその結果による何か、ではある。昭和の頃、天皇陛下は直々に介入が許されなかった、天皇制の台頭は、軍国主義の復活は否定されたから、だが。”それ”でも何故か、昭和天皇の元に「王の権威」が有った時、そのアイディアを使用せねば利益は出なかった時、「それを騙って前に出る存在」が必要で、それらの、その後の。
”優秀”ではある、特に今も、「大衆は神である」自身の上位、その発令が無い限りは”それ”は使えない、それを愚直にか護り続けてる。ほんのちょっとだけ踏み込めば、そこには全てを自由にするパワーが有るのに?意味不明な理由で使わないのだ、それは愚かではあるまいか。
不思議と昔から、”その”結果か、それによる危機的状況は多々ある。
自身が或いは感覚論での最上位と成っても、何故か、その上は居るのだ。