あげちうのブロマガ

勝ち組の華と負け組の石碑

華のある人と、無い人が居て。

今の単純で少ない実例で見ると、結論でそれが「勝ち組」と「負け組」の境目ではある。

もちろんその先に、「こういう顔」があったりするのだけど。


ある種、「一つの戦争は終わった」感覚はある、のだが。
衝動として問題になるのは、元凶を殺さない、何かの物理だ。
そしてその先に、敵側に居る、そう言う”不満”があって。

帰結は、無様でさえ有る。

自身らの正義を信じ、その「華の有る方」を否定し、自身らの信じる輝きを前に出すが。微妙に受けないまま、次第に負債が蓄積、そこに或いは邪悪が「支援」する。売れてない物を売れてる様に見せる、しかし。”それ”は単純に借金の様なモノでしか無く…蓄積していく先で、或いは破綻が有り、責任を問われる。

集中する先で、その「元凶」へ支援を求めるがもちろんそれは、支援どころでは無い、自身の足場が崩壊してる状態、むしろ相手は言ってくる。

「今まで支援してたお金を返してくれ」

内部のごたごたと主義主張の袋小路で、憤りは加速していく先で、華の有る方は、何だか勝鬨を上げていて、そして自身らを邪悪だ、処刑しろ、そう糾弾しているのだ。

…色々と、この時、「元凶を殺さない」結果で、収まる物はある。

「敵側のセーフティネットで生きてる奴が言って良いセリフじゃないな」

筋が通らないにも程がある。しかし。

ともかく”元凶”がそうで有る時、現場が同じ事をしてても?”それ”を責める言われはない訳だ。借金も返せないまま、無様に敵に下り、そのお情けで生かされる、自分らも「そう言う状態」に陥って、何が悪い?自分の現状はどうなのか。自分がその負債を返していないのと、自分らは何も変わらない。

とは言え、その「華の無い状態」は…そうやって、暫く続くのだろうが。


良くも悪くも、敵の頭を直ぐに殺してしまうと、”そう言う問題”が発生する、らしい。捕まえて、無様を晒させ、「自分達のしていた事の帰結」を自覚させる、と言う行程は、補正の上では大事な行程に成るのだろうか。

”そこ”でそのまま邪悪は消えていくのか、それはそれで、正義の側の試練ではある。

新型コロナウイルスの問題は、いつ収まるのだろう。

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