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あげちうのブロマガ

虚構の理想と理想的な虚構の狭間

 

感覚の是非ではある。

ショートサーキット出張版読み上げ動画6622

 

「エヴァンゲリオン世代の頭の悪さは何とか成らんのか」

昨日ガンプラバトルで負けただろう、「駄目だ」と解った事をなぜやろうとするんだ。

”その光景”とは、頭に白髪も見え始めた、或いはおっさんら双方が、何だか自身らの「ぼくのかんがえたさいきょうのガンプラ」とやらを手に、対面し、ボードゲームを前にサイコロを振り合っている光景、ではある。

”それ”に対して「ここで決まった事は絶対なんだ!」と、主張する存在が、先の台詞を言う訳だが。


「戦争が”これ”で終わればそれに越した事はない」

現実に殺し合いをするよりも遥かに有意義だ、という理解を、或いはエヴァンゲリオン世代、単純に言えば「同人誌即売会の客層」それは、或いは同意しない感じは重い。

自分よりも、”彼ら”の方が先輩であり、そして、自分もまた、十年以上前には彼らの側に居た記憶と、理解もある。”彼ら”は、エヴァンゲリオンをフラグシップに、同人の理想、或いはアーティストの理想郷、それを目指し邁進し、挑戦を続け、そして。

崩壊した城の中に、今は立て籠もっている様な状態、とは言えようか。

形而下の光景では言えば、逆かもしれない。彼らは手にした既得権益を守らんとする時、彼らの「正義」を捨てる事は出来ない、それをしたら?彼らは用無しに成ってしまう。もちろん、彼ら自身もしてきた事だ、前任者を否定し、自身の優位を主張し、権利を得て。

そして今、彼らも期待される成果を出せなくなって、後続から突き上げられている。


判明した現実と言うのも、同意し難い物は有る訳で。

「王の権威」と言う、世界に一人、「創作に利益性を与える存在」が居る、これは物理的な話だ。”その”アイディアを足場にしていない限り、創作と言うのは換金し得る価値を持てなかった。最終的にはそれが経済の発展をも齎し、それを否定する所に経済的な発展は無かった。昭和が何故ああも「よい」時代に見えたか、日本にとってはだが、「昭和天皇」と言う王の権威が日本に居たからだ。

そして「エヴァンゲリオン」も、インターネットも、結論では”この”例に漏れない。
昭和が終って、「王の権威」が変わって、”それ”を上手くか、足場に出来ただけだ。
しかしそれは非合法的な、「パクリ」と言うか盗作と言うか、そう言う方法論の結果としてあって現状、損害と共に”それ”が原因でも、彼らは立場を悪くはしている。主張していた事と現実の結果に、かなりズレが有るからだ。

彼らの中にも、成功した人?も居れば、排斥され否定された存在も居る。

否定された人々の憤りは、何かの恐慌として彼らを支配している、そう言う面もあるかもしれない。

ただ、もちろん、負け組の”彼ら”が「大賀さん」紛争解決機構その決定に従う、訳では無い事が、面倒の一つにも成る訳だが。

良くも悪くも過失がある、事が逆に、成功者らを「大賀さん」の側に寄せては居る。「大賀さん」の決定に従う時、成功者側は何故か、微妙に排除されない。問題は失敗し排斥されていた側、だろうか。彼らは不当を訴えしかし、「大賀さん」その決定を無視し、今まで通り、エヴァンゲリオン成功の秘訣?表面的な”それ”を振りかざし、無意味な挑戦を続けている?

自分にとっては、故にその世代その物に対して、かなり懐疑的な感覚には陥っている。

ともかくそこに戦争はあり、自身の理念を信じ、高圧的に要求する人々は一定層居て、それは後続よりも良くも悪くも”年上”だ。インターネットがあって初めて自覚し得る感覚は、エヴァンゲリオン世代には基本的には無いかもしれない、それは「同人誌即売会場」と言う、小さな世界の中で完結していた理想郷だった。そこから負け?て外に出ていくそれは、何ら問題の無い光景だった。ただ”それ”を現実に要求したら、より残酷に排斥されるのは自身らになる、そこに、大きな理解の溝はある。

残っているのか、失ったのか。

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