あげちうのブロマガ

硫黄島で勝ち続ける

解りやすい話、だ。

「戦争は良くない」
「独裁者も要らない」
「だが、それはつまり戦争は避けられない」
「そうだ、戦争は仮想現実で行おう」

この、「王の権威」側の断言に対して、反発が有る。ちょうど逆だ。

「戦争は必要だ」
「神は私だ」
「その時、戦争は起きない」
「逆らう奴は皆殺しだ」

「中華思想の皇帝」それを、「九尾の狐」現実否定の魔女、それは支援してしまう。

これだけなら、実際少数派の狂ったテロリストでしかなかった、のかもしれない。しかし?もしかしたら”これ”を、「シニア世代の精神的疾患」ハッピーエンドを望まない意向、それが、「王の権威」よりも”こっち”を支援してしまったら?


…要するに、そう言う事だったのではないか。

特に、「王の権威」が引き継がれるきっかけが「ゲームのコンテスト」だ。理想?或いは道理、それはある、テレビゲームは基本的には誰がプレイヤーだろうと拒絶はしないし、同じ条件を提示出来る。「王の権威」が期待し得る「理想」に、実際には一番近いメディアではあって。”その”中から次の継続が選抜された…のだが。或いはそこに、小さな地雷が埋まっていたのだろうか。

インベーダーゲームで、死なない人々は。勝っても、何も得る事は出来ないのだ。

普通は、100円入れて、ゲームオーバーに成って、「限度」無理、的な事を理解はする。結果で「硫黄島の決戦」それへの理不尽とか、戦争の無意味さとか、当時の状況の不当さとかを少し意識し、反戦の思いを強くする、訳だ。一応、価値ある説話、昭和天皇の御言葉?そう言うのをプレイするだけで貰える訳だが。

興味が無い人、死ななくなってしまう人、それに対して、この時「返礼は設定されてない」のである。

良くも悪くも「出る杭は打たれる」だ、日本的な事態ではあり、あまり意識される事は無かったのかもしれない。作者の想定外に踏み込む人々は「好ましくない人」として排除、それは特に問題は無かった。インベーダーゲームに対しても、一見して「硫黄島の決戦」を題材にしている、などと言う話は聞いた事が無いし。そもそもヒットするには「王の認証」が必要?そんな理不尽は良くない、と言うのが”普通”の倫理観だ。この辺、殆ど誰も気にしないまま、しかし地雷の様な「理不尽」に陥った人には「誰も助けてくれない」そんな絶望の中で、そこに大きな奈落を創っていた、のだろうか。

努力して頑張って、誰にも負けないように成って…そして、何も得られないのだ。

…結構、心当たりのある人は、居るのではないか?クオリティに関して反論できないのに、それは利益に成らないのだ。或いは、させない。

「硫黄島の決戦」を題材にしているが故の、それは混沌かもしれない。「頑張れば何とかなる!」と言う結論をこの場合、肯定は出来ない、死んだ人々に「努力が足らなかった」と言う事になる。「正義は勝つ」も言いにくい、この時、プレイヤーは正義なのだろうか?物語設定が弱く…結局、「硫黄島の決戦」の抽象化でしかない時。日本軍は悪の側でしかない面はあり、「しかし生き残った」それは、不要な事案だ。ゲームとしても、この辺まで語るには、相応の設定が必要だ。ゲームデザインにまだ甘さは有った、そう言う面は有るのかもしれない。

…それを認証してしまった、それは旧「王の権威」そのミスなのだろうか。

この理解が、「王の権威」或いは印籠?それが重視されて行くにつれ、「その土台」として無視出来なくなった、或いは奇妙な発言権を持つようになってしまった、そう言う面はあるのかもしれない。深層心理の奥底で、インベーダーゲームが囁く訳だ。頑張っても、何も得られないのである、誰も勝者には成れない…、それが正しい。

では、どうすればよかった?

「インベーダーは悪である」なら。何面かクリアしたら勝者である、正義は勝つのだ!と言う事で、良いのだろうけど。ちょうど「地球防衛軍」と言うゲームもある、侵略者らは明確に悪だ、或いは、それで良い。

インベーダーゲームの正当な後継それはあの、「地球防衛軍」シリーズである。


侵略には立ち向かえ!頑張れば!何とかなる!

異論は多々あるが、この辺が落としどころ、なのだろうか?


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