あげちうのブロマガ

テレビを”消した”後の空気

「ネットカフェかゲームセンターらしき店が維持出来ないと、経済は根本的には回復しない」

だから、シニア世代は”それ”を維持し得るコンテンツを考えてくれないと、困る。


…しかし、現在”それ”を、内需拡大策を考えたのは「その後の世代」である。”その”影響力が強い所は発展し得るが、シニア世代の統制が効いてしまっている所は、そのシステムを使えない、シニア世代が(或いはそれが先生としていた所が)考えた訳じゃないからだ。シニア世代の言う事は、「他人を出し抜け」その位しかない、「市場から蹴り出された奴を考慮する必要は無いのだ」が。当然と言うか、”それ”は何故か、自身の家族に向いてしまう…、彼らの子供の世代それは、市場から「不要」になり蹴り出され、引き籠る人々であり。そんな人々に生活力が有る訳もなく、次第に、少子化の波は高く成って行く訳だが。

例え自分の子供が考えて成果がある、としても。シニア世代はそれを使う事が(或いは認める事が)出来ない。結果、シニア世代の影響力の強い所は衰退し、そうで無い所は発展し、「不景気」と「好景気」が非常に鮮明になってしまう、そう言う状況ではある。

テレビは、もちろんシニア世代の影響力が最も強く作用するメディアである。”それ”が表の市場を統制してしまっている限りは、「内需拡大策」それは方法論として存在しない。ただ?インターネットの台頭により、彼らの影響力が及ばない場所が、ある程度はあって、”そこ”は発展する訳だ。総体として見れば、景気の動向は上向いている、シニア世代が稼ぎ頭な場所は、流石に少ない。しかし、帰結的に「親を殺す事は出来ない」倫理的な問題は重く、ごり押しで「役立たずは消えろ」そう言って或いは会社の社長か会長を放り出す、様な事が出来ない結果…、最後の最後で、止まってしまう。

時間の問題ではあるのだ、が。その点で生き残ってるシニア世代は全く、「自分の願いを通す為には自分以外は全て殺しても構わない」そんな倫理で居る訳で。色々理由があって、簡単には死なないし、そもそも「それに養われている」連中はそれを望まない(年金は大事な収入源だ)。感覚でも「貴方はもう不用です」シニア世代にとってそれは、既に死刑宣告に等しく。良くも悪くもその結果でボケられたら、それは逆に自身への負債を増加させ、自滅を呼んでしまう。

…しかし、その苛立ちは今更、「彼らの成功?を望まない」のだ。何かの備蓄の様な、”それ”が尽きたら終わりだが、かと言ってその”備蓄”がある限りは外に、利益は無い。

「真面目に働けばいいだろう?」

何年同じ事を言い続けたか。価値観として、シニア世代のそれはPUBGでの勝者を目指す!事だが、その後の世代は”少し”異なる。PUBGでの勝利には意味がない、利益も勿論ない、損失だけだ。「騙された」その虚無感と愚かさに身を削るだけではあり。

「真面目に働け」”それ”は、突破口に成り得るのだろうか。


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