北杜夫さんを真似てみる。
2016年3月19日と20日と東京一泊旅行をしてきた。3月19日に私が学生時代にお世話になった恩師の最終講義と古希を祝う会があったので、それに参加するのが目的であった。この恩師というのが、とんでもなく力のある先生で、私が学生の頃にはまだ40代であったのだが、有名企業との共同研究を進めて、研究費を外部から取ってくるのに非常に長けた先生であった。なかでも私の同期のHくんが実験して見つけたハードディスク向け素材の特許はウン億円という信じられないような特許料を生んでくれたのだった。その年に、5億円の研究補助を文科省辺りから引っ張ってきて、学生がびっくりしていたのを覚えている。その年は、研究費がジャンジャン使えるからと高価な金メッキの実験を人並み以上にやった学生を、「財布がパンクしちゃうぞ」と諫めていたのを懐かしく思い出す。それ以来、民間企業、ファンド、行政の資金など大学へ巨額な資金を集めまくっていたのだ。おそらく大学の建物の3つや4つ分は、研究補助金で賄われているぐらいの額なのだ。 そうした金持ち学者である恩師のパーティーは当然ハイソサイエティーな場で、貧乏洗うがごとし私には居心地悪くなるほどの高級感であった。 教授からのお土産は監修された書籍と特集された米国の雑誌は表紙だけ読んでもキャッチーで買いたくなるような本である。
19日は、新幹線で移動するときからテンションが上がり気味の私は、銀座から東京駅前の三菱第一美術館へぶらぶらというハイソもどきな東京お上りさんを東京観光の計画を練っていた。東京駅から銀座へいきプランタン銀座の前を通るだけですでに舞い上がっている。気分は、ハイソだが、財布は赤貧なので、11時開店のお店には入らずに済んだのが幸いであった。銀座から歩く道すがらも財布も心も軽くなっている。三菱の第一号美術館で、学生証を恐る恐る見せると、じろじろと館員が私を眺めながら、「ただいま学生優待キャンペーン中につき、学生の方は無料でございます。」という。なけなしのお金をはたく覚悟だった私は、自分の幸運に驚きながら美術館に入場したのだった。館ではパリのオートクチュール展をやっており、100年前のドレスから最新のモードまでが展示されている。まさしくパリの社交界でパーティーに参加するような衣装である。夜からの椿山荘でのパーティーを控えている私は、食い散らかすようにドレスを眺めていた。
ここまででおよそ1000字である。北杜夫口調を真似しようとしたが、ちっとも似ていない。第一ユーモアがちっとも出ていない。やはり、北さんのユーモアあふれるエッセイにはかなわないと自分の筆力を思い知ったのである。
2016年3月19日と20日と東京一泊旅行をしてきた。3月19日に私が学生時代にお世話になった恩師の最終講義と古希を祝う会があったので、それに参加するのが目的であった。この恩師というのが、とんでもなく力のある先生で、私が学生の頃にはまだ40代であったのだが、有名企業との共同研究を進めて、研究費を外部から取ってくるのに非常に長けた先生であった。なかでも私の同期のHくんが実験して見つけたハードディスク向け素材の特許はウン億円という信じられないような特許料を生んでくれたのだった。その年に、5億円の研究補助を文科省辺りから引っ張ってきて、学生がびっくりしていたのを覚えている。その年は、研究費がジャンジャン使えるからと高価な金メッキの実験を人並み以上にやった学生を、「財布がパンクしちゃうぞ」と諫めていたのを懐かしく思い出す。それ以来、民間企業、ファンド、行政の資金など大学へ巨額な資金を集めまくっていたのだ。おそらく大学の建物の3つや4つ分は、研究補助金で賄われているぐらいの額なのだ。 そうした金持ち学者である恩師のパーティーは当然ハイソサイエティーな場で、貧乏洗うがごとし私には居心地悪くなるほどの高級感であった。 教授からのお土産は監修された書籍と特集された米国の雑誌は表紙だけ読んでもキャッチーで買いたくなるような本である。
19日は、新幹線で移動するときからテンションが上がり気味の私は、銀座から東京駅前の三菱第一美術館へぶらぶらというハイソもどきな東京お上りさんを東京観光の計画を練っていた。東京駅から銀座へいきプランタン銀座の前を通るだけですでに舞い上がっている。気分は、ハイソだが、財布は赤貧なので、11時開店のお店には入らずに済んだのが幸いであった。銀座から歩く道すがらも財布も心も軽くなっている。三菱の第一号美術館で、学生証を恐る恐る見せると、じろじろと館員が私を眺めながら、「ただいま学生優待キャンペーン中につき、学生の方は無料でございます。」という。なけなしのお金をはたく覚悟だった私は、自分の幸運に驚きながら美術館に入場したのだった。館ではパリのオートクチュール展をやっており、100年前のドレスから最新のモードまでが展示されている。まさしくパリの社交界でパーティーに参加するような衣装である。夜からの椿山荘でのパーティーを控えている私は、食い散らかすようにドレスを眺めていた。
ここまででおよそ1000字である。北杜夫口調を真似しようとしたが、ちっとも似ていない。第一ユーモアがちっとも出ていない。やはり、北さんのユーモアあふれるエッセイにはかなわないと自分の筆力を思い知ったのである。