ある男、永年連れ添った女房が急にいやになり、なんとかして追い出そうと思い、しきりに喧嘩を仕掛けるのだが、女房はその手に乗らず、どうにも追い出す口実が見つからない。たまりかねた男は とうとう女房にこう言った。
「卒爾ながら、お前を見ていると胸くそが悪くなる。言いにくいことだがどうか別れてはくれまいか」
女房は答えた。
「やむを得ません。それほどにおいやならわたしは里へ帰りましょう」
女房はやがて、嫁入りのときの衣装を着、髪にも油をつけ、お歯黒をつけ直して、別れの挨拶を言いに男のまえにあらわれた。
その姿は、昔の初々しい新妻のときと同じようだった。
男はこの女房のようすを見て、しまったと思った。だが、じぶんから出て行けと言い出したのだから、いまさら止めるわけにはいかない。ちょうど、女房が去って行く道に川があったが、男は川の端まで送ってきて、女房を船に乗せ、向う岸に着けてやる。女房は舟から上がり、
「さらば、さらば」
と男に手をふって去って行く。ここで男は女房に言った。
「おい、船賃を出せ」
「そんな、あなたとわたしのあいだで、なんで船賃などというのですか・・・・・・」
「それは夫婦であったときのこと。別れたからは他人なのだから、船賃を出せというのだ」
「嫁入りのときの姿で出て行くわたしに、船賃があるわけがないじゃありませんか」
「ならば去らせるわけにはいくまい。戻れ」
という次第で、男は女房を連れ帰り、以後、五百八十年添い遂げたという。
「五百八十年七廻り」ということわざで、延命長寿や末長い事のたとえにいう
七廻りとは干支の七廻りで、六十回で一廻りする干支が、七回も廻れば四百二十年も生きたことになり、それに五百八十年を加えると、ちょうど鶴寿のように千年の長寿年数となる。
古い本より(*^ ー ^*)♫~♫