
法律事務所の仕事にも慣れた休みの日、鳥子は花を買った。
久しぶりに、彼女は犬を連れた男に会えた。
男は鳥子を見ても何の表情も浮かべなかった。
犬だけがかすかに尻尾を振った。
何とも言えぬ寂しさがこみ上げて
「叔母が郷へ帰りました。おじさんに宜しくって言ってました」
思い切って声をかけた。
男の顔が和らいだ。
「ああ、いつも花を持ってたのあんたの叔母さんか?優しい、いい人だったのに。そうか、行っちゃったか」
犬と男は肩を落として去って行った。
鳥子はその肩に縋りたかった。
平凡でつまらない日常、不幸だったと思い込んでいたくすんだ昔。
それがもはや戻れない大切な日々である事に鳥子はやっと気づいた。