今朝がた夢を見ました。
設定は今から20年以上前の感じでしょうか。
まだかくしゃくとした両親と私、3人で旅行していて…
列車から駅のホームに降りたところで、母が突然うつぶせに倒れて。
手の先がプルプルと痙攣しています。
それを見て母に駆け寄った私。
「お母さん!」「お母さん!」と必死で呼びかけていました。
そこで目が覚めたのですが…
倒れた母を見て動転した自分の反応が意外で、しばらくぼーっとしてしまいました。
今は施設にいる母に、我ながら献身的に仕えていると思うのですが…
それはあくまでも「人道的行動」「隣人愛」のようなもので…
親子の情ではないと思っていたのです。
でも、どうやら私の中にも、そうでない部分があるのだなと。
極端に自己中心的でわがままで、強情で…
我が子に対しては、支配的で過干渉だった母。
食事中は、次に箸をつけるおかずまでいちいち指示して来たり。
親友のお母さんがシングルマザーで「水商売」をしているというだけで…
その子と付き合うことを厳しく禁じてきたり。
性的なものごとを異常に嫌悪し、息子が自慰行為をしていると察したときには…
ものさしの角でめった打ち。
そのショックから女性恐怖症になった私は、しばらくの間、同性愛になりました。
(おかげで性的マイノリティの人の気持ちがわかる人間になれましたが)
妻としても極端な浪費家で、高額の無駄遣いを常態的にして、まだ使えるものも捨てまくり…
むしろ散財すること自体に、快感を感じていた様子の、私の母。
老いた後は父への嫉妬妄想に取りつかれ、家族に多大な苦痛を与えたばかりか…
地域の人にまで迷惑をかけた母。
なによりも、私がクラスの全員から酷いいじめを受けて、教師まで火に油を注ぐ始末で…
今日死のうか明日死のうかと毎日思っている、そんなタイミングで…
時価5万円の、借り物の釣竿を折ったということで…
「今すぐここで死になさい!」と言って、数十分に渡り、私を沼に突き落とそうとした。
そのトラウマが、半世紀たった今も癒えなくて、私の希死念慮に繋がっている。
魂に深い傷、後遺症を残すほどの、精神的重傷でもあったのです。
半世紀もそれに躓いている、私の異常性を責める人の方が多いでしょうけれど。
加害者の母ではなく。
そんなわけで、もし母が亡くなっても、涙など出ないだろうと思っていたのですが…
今朝の夢のことを考えると、そうでもないような気がしてきました。
思い返せば、幼いころからずっと「お母さんを好きになりたい」と思い続けていて。
実際、母子でカセットテープの音楽を聴いたり、穏やかな時間の記憶もあります。
私たちにも、親子の情愛というものは残っていたのかなと。
私自身、実母を愛せない冷たい人間、というだけではなかったのかもしれません。