ウエブやTVで大凡のニュースを知るようになって、日刊紙を丁寧に読まなくなって久しい。が、それでも丁寧に目を通すのは、各紙のコラムである。なかでも、日経夕刊のコラム「あすへの話題」は短文の中から毎回興味深い示唆を提示してくれる。「パスバンド」と言う言葉を知ったのも分子生物学者の福岡伸一氏のこのコラム欄であった。
多分、新聞が「紙」として生き残る道は地方版の充実と各種のコラム、評論の充実では無かろうか。
と言った日常で、090515「あすへの話題」の有馬朗人氏の「科学者の責任」と言う文はしばしば「科学者」とはとか、「専門家」とはなどと言うことを思っている私としてはインスパイアされた。
「水俣病の歴史を調べていて、科学者の責任ということを痛切に感じた。…。有力な科学者の意見が一致しなければ、国として対策が立てられなかったであろう。しかし、有力な説があったのであるから、一部反対者があっても、科学者はとりあえず水俣湾内での漁獲を禁止し、漁民に補償する対策を国に提案し、その上で原因の究明を進めるべきであった。そうすれば極めて多くの人々を被害から防げたのである。」
日本に於いて公害問題を考える場合その原点の一つである水俣病を見ないわけにはいかない。そうすれば、水俣病の公式発見を遅らせ、拡大させた原因は、「企業と政府・自治体、お抱え科学者の三位一体となって犯した犯罪的行為」である事が解る。そして、50年以上経った今もこれは変わらない。