白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

ピアノ図書館 (その5)

2021年03月24日 18時08分15秒 | 星の杜観察日記
トン介は怒っていた。
「どうして人のおらんとこでそんなん勝手に決めとるんや」

 トン介は自分が住吉の長男だという責任感が強いので、館長にきちんと挨拶して、右近を収蔵してもらえる件の御礼もちゃんと言った上で、礼儀正しく館長と岩井さん、葵さんの雑談にも付き合っていたのである。

 そしてどうやら今回、トン介は留守番の流れなのだ。サクヤがだいたい住吉神社の半径5キロからせいぜい10キロぐらいまでしか離れられない。サクヤのボディーガードを自認しているトン介は、家族が遠出する時も常にサクヤの傍にいるのだ。しかし今回は桐花が初めて神社から500キロばかり旅するのである。それにメノウを召喚するとなれば住吉の一大事。長男としてその場に立ち会いたい。とはいえ咲さんが留守の間、サクヤをひとり置いておくわけにもいかない。トン介の男心は2つに引き裂かれそうなのである。

「私はここに残るわ。銀ちゃん、代わりに九州に行って来てよ」
 咲さんが提案した。
「銀ちゃん、メノウに会ったことあるんでしょ。紫ちゃんがメノウを降ろす時、姿を知ってる人がいた方が良いのよ?」
「ホント?」
「ホント。銀ちゃんがいた方があの子達もお行儀良くするでしょうし」
 それは大変疑わしい。あの3歳児コンビは咲さんのことは一目置いて言うことを聞くが、トン介のことは単なる下僕としか思っていない。とはいえ下僕1号の俺としては、2号が来てくれるのはものすごく助かるのだ。何といっても俺はあのコンビの言葉が半分ぐらいしかわからないが、トン介は100%理解できるらしいのだ。それに多分、妖魔の扱いも俺より上手く行くはずなのだ。

「でも俺の会ったメノウとサクヤの知ってるメノウは違うかも知らへん。俺見た時、なんかこう、翼があって、足長くて、たてがみが光ってて」
「ペガサスみたいな感じ?」
 助け船を出してみた。
「いや。馬じゃなかった。蹄割れてた。顔も人間臭かった」
 件とか開明獣みたいなイメージだろうか。
「途中で形が変わっちゃったし、髪の長い人間みたいにも見えたし」
 珍しくトン介が自信無さそうだ。 
「でもピンクがかったオレンジ色で、金色に光ってたんやろ? 間違いない思うけど」
 サクヤがふんわり言った。
「メノウちゃん、いつも眩しゅうて、私あんまり形とか顔とかよう見えとらんのよ」
「宝珠を取られてからはしっかり実体化できなかったろうしね。仕方ないよ」
 ウルマスが解説する。
「でもウルマスは昔のメノウをよく知ってるんでしょう?」
 トン介はウルマスやカロ先生と話す時には標準語になる。
「その頃もその時々でいろんな姿を取っていたよ。人と話す時には人型になっていたし、鳳凰や麒麟、金色の狼になって我々と走ったこともある。魚になってたこともあるが、水はどうやら苦手らしいな」
 「姿が変幻自在なのはメノウはんの本質ですからな」
 リューカもメノウと古馴染みらしい。
「ほうなん?」
「メノウはんは水銀のスピリットですやん」

 ですやん、とさも当然のことのように言われても困るが、だったらイメージカラーがオレンジやピンクなのは納得できる。辰砂の色だからだ。

 その夜の住吉神社での宴席は大変盛り上がった。南方遠征に向けた打ち合わせというより決起集会のような趣があった。話題の中心はメノウなので、世界のどこかでさぞくしゃみをしたに違いない。
 本質がどうあれ、憑坐に降りて実体化してくれれば、多分間違いなく俺にも見えるはずなので楽しみだ。俺の好みとしては麒麟の姿で顕現して欲しい。しかし麒麟より開明獣の方が人間にフレンドリーそうなイメージがある。
  
「でもメノウってオレンジ色の石だけど水銀は関係ないですよね?」
 トン介は納得できないようだった。
「メノウも古い精霊だから、呼び名がいろいろあるんだよ。何か嫌な思い出があるらしくて、水銀にちなんだ名前で呼ぶと怒るんだよね」
 ウルマスが昔馴染みらしい事情を暴露する。まあ、誰でも自分の好きな名前で呼ばれるに越したことはない。
「あっちでもアガタとかアゲートやら呼ばれてはりましたよ。シチリアにそういう名前の聖女がいはるので、うまいこと混同してくれて」
 それは詐称になるのではないだろうか。

 九州へは学校が休みの時期に行くことになった。後10日。小さい頃から何かと神社や家族のことを優先させて我慢することが多かったトン介の、希望が叶ったのでうれしかった。3歳児コンビの下僕が増えるというわけだからではなく、純粋に。複雑過ぎる家庭環境だから無理もないが、トン介は聞き分けが良過ぎる。もっと子どもらしくワガママ言ったり駄々こねたりして欲しいものだ。屈託のない笑い顔を一度でいいから見てみたい。

 ところがもうひとり、複雑過ぎる家庭環境で萎縮している人がいた。
 カロ先生の傍に来て、葵さんが言い出したのだ。
「先生とのんちゃんが行くなら、私留守番してましょうか。研究室を空にするわけにいかないでしょう
 カロ先生が仰天した。
「何言ってるんだい。葵くんが残るぐらいなら、僕が留守番するよ。僕なんて何の役にも立たないタダの見物客なんだから」
「いえ。きさちゃんのいるお社は修験道系で面白いとこなので、ぜひ一度カロ先生に見ていただきたいです。私は3年前にもリューカと行きましたし。あちらに行けば姉がいますから、私はいなくても別に」
「いやいやいや。それに、咲さんが来ないなら桐ちゃんとみっちゃんのお目付け役が必要だよ。あの2人が望くんの言うこと聞くはずないだろう」よくお分かりで。
「きーちゃんがいるから大丈夫ですよ。みっちゃんは両親が一緒なんだし」

 決心は固そうだ。そうなのだ。葵さんは桜さんの生前、桜さんを前にするとほとんど何もしゃべらない人だった。同様な感じで姉の紫(ゆかり)さんに対しても遠慮しているところがある。姉妹というのもなかなか難しいものがありそうだ。
 残念だが葵さんを説得するのに、俺では役不足だ。俺はトン介にひそっと囁いた。
「葵さん、留守番するって言ってるけど」

 その時のトン介の表情は葵さんを動かすには十分だった。
「えっ。葵さん、けえへんの」
 さっきまではしゃいでたのに、くしゃっと泣きそうな顔をしたのだ。
「あっ。だってね、大学に誰もいなくなるし、ここも心配だし」
 カロ先生がさらに反論した。
「何言ってんだ。ゼミ室は出入り自由なんだし、学生は教官が出払ってるのには慣れっこだよ」
「そうよ。私が残るんだから。紫ちゃんも、葵ちゃんが来れば助かるはずよ」
 咲さんからも押されて葵さんは断りにくくなった。
「葵さん、一緒に行こ」
 トン介が葵さんの手をぎゅっと握った。決定打だ。逆転ホームラン。
 こいつ、将来意外に女たらしになるんじゃあるまいか。
「お母さん。一緒に行きましょう」
 瑠那がダメ押しした。葵さんはこのもらわれっ子の頼みに弱いのだ。瑠那もそれがよくわかっている。
 どさくさに紛れて、俺も葵さんの肩をポンと叩いた。
「ね、行きましょう」
 葵さんはほっとしたような困ったような笑顔を見せて、俺を見上げた。この顔に弱いんだ。
 俺はどんな顔をしていたんだか。村主もカロ先生もリューカもウルマスも、瑠那も3歳児コンビも、咲さんもキジローも、全員俺を見ている。俺がどんな顔してようとどうでもいいだろう。葵さんが九州に行くかどうかが肝心じゃないか。一同の視線に負けず、どうせトン介ほど俺のセリフには効果無いんだよなと思いつつも、もう一度押してみた。
「きっと楽しいですよ」
「そうね。みんなで行けば楽しいわね」
 葵さんがニッコリ笑って、一同から拍手が出た。畜生、みんな俺をおちょくりやがって。でも良かった。この笑顔が見たかったんだ。トン介も顔をくしゃくしゃにしている。うれしそうだ。うんうん。良かった。俺もうれしいが、俺の気持ちはどうでもいいんだ。なんでみんな、やれやれという顔して俺を見るんだ。くそう。

 楽しい旅になりそうだ。












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